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レモンイエローの西日とキス
加賀谷さんは制服のままだった。加賀谷さんの仕事場には更衣室がない。通常なら警備員は、通勤バスで帰り自宅で着替える。私と帰るのでバスには乗らないと、加賀谷さんは部下に伝えたらしい。
西側へ行くとエメラルドグリーンの車に乗り込む。彼は助手席、私は運転席に乗り込んだ。
加賀谷さんは制帽を取った。左右の肩についていた階級章を外しポケットに入れる。
「本日の勤務は終了。おいで、晴之」
両手を広げる加賀谷さんの胸に、私は飛び込んだ。
「今日は災難だったな。怖い思いをさせてすまなかった」
私は首を振ると、彼の頬を両手で触った。
「こら、晴之、やめろ……ん――」
音を立てて、加賀谷さんの唇を奪った。彼が確かにいるのだと実感したかった。
キスをした瞬間、震えるほどの歓びがあふれてくる。
『ディープキスをするとき、初めは舌をほんの少しだけ入れるんだ。相手が顔をしかめなかったら、突いたり絡ませたり、好きなように動かしてみるんだよ』
一ヶ月前に初めて深いくちづけを交わしたときに加賀谷さんが教えてくれたことを、私は実行した。まだ呼吸がうまくできない。
加賀谷さんはキスに応えながら、私の背中を撫でる。私は顔を離し一度息を整えた。
「……晴之。慣れないことするから顔が真っ赤だよ」
「まだ……まだ、したい」
熱い息を吐きながら、私は再びキスをした。
彼の唾液を飲み込むと、心の渇きが潤う。満ち足りたと気持ちとともに、自分本位の求めが後ろめたくなってきた。
それでも、もう少しだけと思って、深いキスを交わした。
レモンイエローの西日が入り込んでくる。
熱せられた車内にいると躯が焦げてしまいそうだった。多くの車が光に照らされ、眩しかった。車の出入りはなく歩く人もいない。
加賀谷さんの手が腰へ降りたとき、私は思わず顔を離した。何も言わずに加賀谷さんは私を見つめている。
怒らせてしまったのか。そう思って、私は謝ろうとした。
「晴之は、誘うのがうまいな」
被さるように私に抱きついてきた。運転席のシートが倒れる。彼がレバーを倒したのだと気づいたときには、私の躯は横になっていた。
私を見下ろす黒い瞳が光ったように感じた。仕事をしていたときの瞳を思い出した。一撃で相手を仕留める鷹の目つきだ。
「駐車場でするなんてちょっとかわいそうかな。でも仕方ないよな。自分から煽るようなキスをしたんだから」
「え……ここでするんですか! 待って、まだ、心の準備が……」
私の両肩をシートに押しつけ、加賀谷さんは笑った。
「冗談だよ。そんなひどいこと、俺がするわけないだろ?」
手を引っ張られ私は躯を起こした。
数回軽く、加賀谷さんは私の唇を叩く。
「キスが好きなのはわかるけど程々にしろよ。取り返しのつかないことになる」
頷きながらも、加賀谷さんとするのならどこでもいいかなと思った。
でも、すぐにその考えを打ち消した。こんなところでしたら絶対に目撃される。それに車内に精液が飛び散るから、後処理も大変だろう。
私はシートを起こしシートベルトをつけた。エンジンをかける。クーラーの冷気に当たり、互いに息を吐いた。
「初めて抱き合うんだから、もっとロマンチックな場所にしような」
加賀谷さんは私の頭に手を入れ、髪をくしゃくしゃにした。
付き合っているというのに、加賀谷さんと私はディープキスまでしかしていない。踏み込む勇気がないのはわかっている。
私にはきっかけがつかめなかった。
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