アイスの棒

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 とにかくあまりにも暑いんで、近所のコンビニにアイスを買いに行った。 冷凍ケースの前で品定めをする。品数が多くて迷ってしまうのだが、こういう時はやはり値段だ。ケースの縁に、品名と値段が書かれた手書きの札が貼り付けられている。店員が作って貼ったものだ。  値段に注目しながらケースを眺めてると、隅っこの方に妙に安いアイスバーが何本か置かれている。ケースの縁に「新発売!XY製菓”ひんやりバー“一本27円(税抜き)」という手書きの札が貼ってある。税抜きで一本27円だって?安いじゃん。コンビニでこの値段は安いぞ。 XY製菓という社名は聞いたことが無いが、大丈夫だろうか。買って不味かったら嫌だな……まあ、一本税抜き27円なら失敗しても良しとするか。試しに一本買ってみることにした。  無表情な店員が「いらっしゃいませ」と言いながらバーコードを読む。ちゃんと、「ピッ」という音がして税込み29円のレシートも出て来た。まさかとは思うが誰かが勝手に並べたのではないかということも一応心配したが、一応この店として正式に仕入れて売っているものらしい。  炎天下を急いで帰宅して、早速試食する。見た目は何の変哲も無い、棒付きタイプの水色の氷菓だ。さて、味の方はどうかな。まずは先の方を一口齧ってみる。  悪くない。要はごく普通のソーダ味のアイスキャンディーだ。ひんやりとした冷気が口の中を心地よく冷やしてくれる。そう、これで十分。味の方はまあ、余程不味くなければいいわけだ。値段を考えれば十分元は取れている。  この平凡なアイスが妙に口内全体を心地よく刺激して、あっという間に食べてしまった。後に残った棒を何となく眺めてみる。これまた当然のごとく、何の変哲もない白色のアイスバーの棒だ。ふとその細長い板状の棒を裏返してみたら、妙なものを見つけた。  棒の裏側に何やら数字が印刷されている。白い表面にくっきりと3ミリ四方ぐらいの字で6桁の数字が印字されている。少しかすれたようなところもあるが、最初の4桁が0108と読める。あとの2桁は少し読みにくい。  これは何だろう。アイスの棒に何か印字されている時は、普通は“あたり”の表示だろう。もう一本無料で貰えるやつだ。俺も過去何度か当てたことがある。  でもこれは“あたり”とも何とも書いてない。単に数字が並んでるだけだ。  製品管理上のロットナンバー?でもそれをわざわざ棒に印字する理由は何だろう? あるいは、ひょっとしたら何かの懸賞?数字によっては何かくれるんだろうか。  包装には特に書いてないが、それこそダメ元で聞いてみてもいいだろう。まずは買った店で聞いてみることにする。  さっきのコンビニのドアを入ると、あいにく店員が接客中である。こっちの用事は、“あたり”がもう一本貰えるかを確かめるという動機なので、何となく気恥ずかしい。できれば他の客が誰もいない状況でさりげなく聞きたい。飲み物ケースの前に移動して、わざとらしく炭酸飲料を物色してみたりする。ケースの奥の方では誰かが飲み物を追加する作業をしている。  と、その時レジに立ってた学生風の客が思わぬ言葉を口にした。 「あと、このXY製菓の“ひんやりバー”なんですけどね、アイスの棒に何か数字が印刷されてたんです。ほら、ここ。これってあたりか何か貰えるんですか?」  飲み物ケースの前で平静を装ったまま、俺の全身が耳になる。そうだよ!俺もそれが聞きたかったんだ!  横目で見てると、棒を渡された明らかにバイトと思しき店員が何やら困ったような表情を浮かべている。そして「……少々お待ちください」と言うと、店の奥に走っていった。バイトじゃわからない何か特別な特典なんだろうか。  店員がカウンターから消えた直後、俺が立っている飲料ケースの奥の方から「えっ、これって今日じゃん」と誰かが言ったような気がした。ケースの奥でもう一人の店員が作業していて、バイト君はその人に指示を仰いでいるらしい。その後何かボソボソ呟くような声がしたかと思うと、数秒後にバイトがコンビニの制服を着た中年男性を連れてカウンターに戻って来た。名札を見ると、どうもこの男性が店長らしい。 「どうも大変お待たせ致しました。お客様、申し訳ございませんが、その数字は製品管理上の通し番号でございまして、特に景品とは関係の無いものでございます」  店長が丁重に頭を下げる。 「なんだ、あたりとか景品じゃないんですね」 「はい。何やら思わせぶりで申し訳ございませんが、最近は色んなクレームもありますから、メーカーさんの方でも、色々と品質管理を厳しくしておりまして……」  会話を聞きながら、俺自身も思わず「なんだ」と呟きそうになってしまった。やっぱりただの管理番号だったんだ。物欲しそうに自分の口から聞かなくてすんで良かった。  説明を受けた客は、特に揉めるでもなく、そのまま棒を持って素直にドアに向かって立ち去って行った。その背中を店長と店員がさりげなく横目で追っているのが見て取れた。  ところが、次の瞬間。  大音響と共にコンビニの大きなガラス窓が爆発した。  同時に店の外で人の悲鳴が沸き起こった。  何が起こったのか全然把握できないまま、俺は飲料ケースの前に立ち尽くしていた。ようやく状況が認識出来た時には、一台の乗用車がコンビニの窓に突っ込んできたのだということだけがわかった。  慌てて店長と店員がカウンターから飛び出す。俺もまだ状況が飲み込めないまま、店の外に走り出た。  店先に鼻先を突っ込んだ乗用車の運転席のドアが開くと、白髪頭の眼鏡をかけた老人がよろめき出て来た。 「早く救急車!」  緊迫した声が飛ぶ。でも、ドライバーの老人はケガもなさそうな感じだが…… 「馬鹿!ジジイ!バックさせろよ!」  周囲に怒号が飛び交う。バックって?  恐る恐る店先に突っ込んだ車の鼻先を見た瞬間、思わず絶句した。  さっき店長が応対していた学生風の客が車と店の間に挟まれていた。  粉砕されたガラス窓は完全に消えうせており、彼の体はコンビニ店内のコピー機と車のフロントグリルの間に挟まれて潰されていた。見開かれた目からは見る見るうちに光が逃げていき、フロントグリルの下には、深紅の血だまりが広がりつつあった。 「ブレーキ踏んだんだけど、効かなくて……」  周囲に助けを求めるようにおろおろと老人が呟く。  被害者の足下になおも広がり続けている血だまりを呆然と眺めていた俺は、その横にあるものを見つけた。  白く細長い棒状のもの。  さっきこの客が店員に見せていたアイスの棒だ。  棒を見て貰ってそのまま手に持って出た被害者は、店を出た直後に車に挟まれたのだろう。彼の手から落ちた棒が、数字のある方を上に向けて地面に落ちていた。  流れてくる血に浸る前に、思わず棒を拾いあげる。  白い表面に、“010808”という6桁の数字が読めた。店長の言に従えば、これが製造番号ということか。 「どうも大変お待たせ致しました。お客様、申し訳ございませんが、その数字は製品管理上の通し番号でございまして……」  店長の言葉を思い出していた俺の中で、その時もう一つの声がフラッシュバックした。 「えっ、これって今日じゃん」  飲料ケースの向こうから聞こえて来た声。それも店長の声だった。そこで作業をしていた人間が店長だったのは、特におかしくもない話だが、その言葉が、数字を見た途端に何故か妙に気になりだした。  今日じゃん……010808……  そうか、令和元年8月8日。まさに今日の日付じゃないか。  あの6桁の数字を見て、店長は直ちにそれが今日の日付だと判断した。数字の読み方を知っていたわけだ。  今日、まさに今現在、その日付を刻印した棒を持った人が、俺の目の前で事故に巻き込まれて死につつある……。  俺は拾った棒を投げ捨てると、慌ててバッグの中から、店員に見てもらうために持ってきていた自分の棒を引っ張り出した。  “010809”の数字が記されている。  数字を確認した俺の額からは、冷たい汗が流れ始めた。 「じゃあ、これって“明日”じゃん……」  辺りが騒然とする中、呆然と立ち尽くしていた俺は、冷ややかな視線を感じた。ふと顔を上げると、こちらをじっと見つめている店長と目が合った。 [了]
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