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お嬢様  エーメ。彼は嫉妬しているのかい。 エーメ  そうですとお嬢様。彼は今嫉妬しております。 お嬢様  それはそれは面白い。あのような嫉妬の仕方もあるんですわね。 エーメ  人と嫉妬は離れることのできないものでございますから、どんな形であれ嫉妬いたします。 お嬢様  前見せてもらった……、なんだったかしら、あの…… エーメ  ドラマでございますか。 お嬢様  そう、ドラマよ。ドラマ。あれでは女の人が別の女の人に、男を取られてのやつだったわね? エーメ  そうですとも。よくお覚えで。 お嬢様  あれとこれは随分違う感じもするわね。 エーメ  よい所にご注目されました。さすがでございます。あれは好きな男性を取られた女性が抱く嫉妬でございます。彼のは、自分がもし部活動、要するにグループに入っていたらと、帰宅部、要するにグループに入っていないものが抱く嫉妬でございます。 お嬢様  大きく違うように見えますけど、どちらも嫉妬なのかしら。 エーメ  はい。一見、大きく違うようでございますけど、実は同じでございます。要は自分が持っていないもので、自分が欲しいと思うものを持っている人に抱く感情が嫉妬でございます。 お嬢様  自分が持っていないものを……、感情? いまいち分からないわ。 エーメ  うーん。そうでございますね……。では、これはどうでしょう。 お嬢様  あ、ダッフリン。 エーメ  これは私のダッフリンでございます。お嬢様は召し上がることはできませぬ。 お嬢様  ずるいわ。どこに隠してたの。 エーメ  ああ、このとげとげの頭が美味しいこと、美味しこと。 お嬢様  待ちなさい。私のダッフリンはないの? 私も欲しいわ。 エーメ  お嬢様、今なんと仰いましたか? お嬢様  だから私も食べたいって。 エーメ  お嬢様は今、ダッフリンが欲しいと仰いましたか? お嬢様  そうよ。 エーメ  それでございます。それが嫉妬でございます。 お嬢様  これが嫉妬? エーメ  お嬢様は今ご自分が持っていなくて、欲しいものを、私が持っているのが分かった時、私も欲しいと仰いました。それが嫉妬でございます。 お嬢様  これが嫉妬――ね。 エーメ  ドラマの女性はその男性に好いてもらうということが無いのでございます。彼は部活仲間、というものが無いのでございます。そしてどちらともそれを欲していて、それを持っている人物を目の前にしているのでございます。 お嬢様  なるほど……。では、物じゃないものにもそうなのね。 エーメ  ものじゃないものとは? お嬢様  だってダッフリンは、ちゃんとあるじゃない。でも、ドラマと彼はないじゃない。 エーメ  なるほど。さすがお嬢様でございます。目の付け所が素晴らしい。――そうでございます。実際に目に見えていないものにも当てはまります。 お嬢様  なるほど。だんだん分かってきたわ。 エーメ  左様でございますか。 お嬢様  これって大事な感情かしら。 エーメ  ええ、とても大事な感情でございます。人間、いや、動物というには悉く嫉妬の感情があります。嫉妬は人間の中では基本的に罪とされておりますが、嫉妬がなければ今の発展はなかったでございましょう。嫉妬の根本は無いものを欲しいと思う感情でございます。隣国が最先端の制度や機械などを作りましたら、自国もそうなりたいと思い、懸命に発展へと国を動かすでしょう。上流階級みたいに、富や権利を有したいと思えば、それが革命となり、国が倒錯し、新たな政治体制や思想が生まれるでしょう。人間の言葉に、隣の芝生は青い、というものがございますが、要は嫉妬を互いにやっていけば、発展していくのは言うまでもありません。現に、そうやって人間文化は発展してきました。然しながら、人間の思う通り、嫉妬は災いももたらす罪でもあります。現に嫉妬が原因で殺人にまでいたった者たちは少なくありません。今では、殺人まで至らなくても、優れたものに羨望を持ち、匿名に滅茶苦茶に蔑む人がいるようでございます。嫉妬が罪となる場合は、それが欲しい、それになりたいから頑張ろうとするのではなく、どうしてあいつだけそれを持っているのだ、どうしてあいつだけ恵まれているのだと思う時でございます。それがさらに積もりますと、自分を上げるのではなく、相手を下げようとなり、犯罪や、もっと言えば戦争が起きます。先程述べた革命もそうです。革命は自分たちを上げると同時に相手を下げます。またあまり意味のない嫉妬もございます。例えば人間はやたらと高いタワーを立てて、世界一だとしますが、あれは際限がございません。またどこかの国がさらに高いタワーを建てます。二番目ではおそらくダメなのでしょう。然し、あの嫉妬は無意味に思います。ナンバーよりオンリーに目を向けるべきでございます。 お嬢様  やはり美味しいわね。 エーメ  お嬢様、それは私のダッフリンでございます。 お嬢様  エーメ、また長々と話しましたわね。 エーメ  いやはや、つい癖で。 お嬢様  その罰よ。――ほら、嫉妬しなさい。
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