ⅢーⅠ

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 稲垣はこの頃元気がよかった。僕の家の前の駐車スペースでカフェブック後に立ち話をしたのだが、その時も充実したような顔をしていた。もちろんブックカフェに行ってきたこともひとつの要因だろう。然し、それだけが理由でないような気がした。今回のブックカフェだって稲垣が積極的に行動したおかげで実現できたことだ。お互い内向的な性格である。僕だけならその情報を手に入れても、きっと行かなかっただろう。いつもの本屋さんに行って、いつものようにインスタントコーヒーを飲みながら家で本を読んでいただろう。新年になってもっと外へ出ようと決意したのだろうか。それとも何かいいことでもあったのだろうか。その後も稲垣はどこどこの美術館へ行ってきただとか、どこどこの名所に行ってきただとか、僕に楽しく報告するようになった。  二月の下旬、期末テストまで一週間となったこの日、この時期にしては珍しく積もるほどの雪が昨夜から朝にかけて降った。朝目覚め、窓の外をみた時点ですでに分かっていたことだが、玄関を飛び出して、パラパラと落ちる雪と、薄い白粉をした地面を見て、ようやく雪だと実感した。雪の日は空と地面が近い。どこまでも続く薄灰色空。それは円蓋で、今自分が地球の(うち)にいるような気がした。  段差から既に雪地(せきち)だった。家の中から嬉しそうな妹の声が外まで聞こえてきた。自転車まで歩くたびに自分の足跡がついた。なんだかそれが、純白を汚しているようで、申し訳なく思った。雪は薄く、自転車で行けないほどではなかった。だから僕は申し訳ない潰れた黒い線を後に引きながら、学校へと向かった。
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