ⅢーⅠ

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 テスト期間前の土日に入った。いつも通り、大方試験の準備は整っていたが、やはり気にしてなくても受験のことが頭に植え付けられていて、もう少し勉強を頑張ろうと、昼間から机に向かっていた。  数日前に積もった雪は、その後急速に溶けてゆき、今ではその影すら何処にもなかった。暖房で温めれた部屋、然しエアコンが古いせいか寒くて、丈の長い、もう二度と外で履くことはないだろうスノボ用の靴下を履いた。また手には、家の箪笥から見つけてきた、アイラブニューヨークの赤い指が出る手袋をした。  僕は手を覆うのが好きである。授業中も、冬は手を腿の下に入れていることが多い。本当は袖の先を伸ばして手の半分を覆いたいのだが、それは所謂萌え袖とかいうやつになり、女々しくなるから、いつも我慢して、家にいる時だけしていた。なぜ手を覆うのが好きなのかというと、しっかりとした理由は分からないが、とにかく安心するのである。  そうこう考えていると、独り身の自分の拠り所のような気がして、虚しくなった。  勉強への集中力が切れ、僕は訳もなく残り少なくなったコーヒーのコップを持ち、部屋を出て、二階の冷蔵庫へと降りた。残りのコーヒーを一気に飲みほした僕は、冷蔵庫を開け、牛乳パックを取り出し、訳もなくそのコップに注ぎ一気に飲んだ。  先程、僕は手を覆うと安心すると言ったが、もうひとつ安心することがあった。それは口を覆ったり何かを咥えることだった。勉強中も、よく掌で口を覆ったり、人差し指の外側の側面を甘噛みしたりすることがよくあった。最近ある本の中でフロイトのリビドーのことが出てきて、ちょっとネットで調べてみたことがあったのだが、おそらく僕は口唇期に固着しているのだろう。そういえば、以前母さんが僕の赤んぼ時代を語るときに、「おしゃぶりが全然とれなかった」と言っていたようなことを思い出した。――完全にそれが原因である。いや逆か、口唇期に満たされなかったから、おしゃぶりをし続けていたのか? 然し、どちらにせよ固着があるのだろう。そうなると、自分がコーヒーを毎日欠かさず飲みはじめたのも、それが原因かもしれない。ゆくゆくは煙草を吸い始めるのか――。家族全員煙草を吸わない家庭に生まれてきた僕に、そのイメージは浮かばなかったが、少し心の奥底に空虚な恐怖を感じた。
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