Prunus avium

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その砂嵐はとうとうペルソナ界を飛び出し体内から表皮へとその勢力を増していった。その砂嵐はその灰色と共にグースの叫び声も響き渡らせていた。そしてその叫び声が娘の耳についに届いた刹那、砂嵐は瞬くに落下している娘の前身を取り巻いた。娘はその灰色の砂嵐の勢いに負け、気絶し、そのまま地面に叩きつけられた。位置エネルギーから運動エネルギーに変化していたその膨大なエネルギーを地面にぶつけた反動で、地面からは茶色い土が砂嵐に巻き込まれている娘の胸の下から幾十メーター突き上げた。娘は胸を突き抜けられ、固まった槍のような土に刺さったまま止まった。グースの甲高い叫び声がこだますなか、もうこれ以上は走っても意味が無いといった表情を浮かべながら、娘は槍の土に刺されながら死人のように眠りについた。   娘の目の前にはあの球体の物体があった。娘はそれを今度こそ触ろうとして手を伸ばした。そしてついに球体に触れた、いや、触れたのか。あまり感覚が無いまま、娘はその球体の中へと入っていった。 中にはある人物がいた。見覚えのある人物だった。しかし明瞭な形ではなく、ぼやけていた。娘はそれでも細い目を、小さな耳を、低い鼻を、歯並びの悪い口を、それら全ての感覚を研ぎ澄まして、その人物を捉えようとした。感じる、感じる。その喜びに彼女は浸り、身体全てをその人物へ委ねようと試みた。感じる。空っぽになった心の中に精一杯その感覚を入れ込もうとした。入れ、入れ。しかし心に穴が開いているのか、入れようとしても入れようとしても、またすぐに空っぽになってしまった。それでも娘は必死に満たそうとし続けた。しかし穴の開いた容器に水をいくら入れても満たすことがないように、それは無謀で無駄な努力だった。そんなことは娘自身も知っていた。しかし今やペルソナ界の住人達はグースを残して皆石化している。だからどうしようもなかった。どうしようも。独りで満たそうと無駄な努力をするしかなかった。
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