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初春と言っていいくらいの暖かさが、頬から耳にかけて伝わった。然し、ちょうど始業式の日辺りからまた冷えるらしい。高校最後の年に、なんだか幸先の悪い感じがしたが、これくらいが丁度いいのではという感じでもあった。
ラーメンを食べると言っていたが、僕達が訪れたのはつけ麺屋だった。あの後、美味しそうで面白そうなつけ麺屋をネットで僕が発見して、提案した所、即その案が通った。
お店は踏切近くの、車通りの多い道に面していた。ネットで事前に見つけないと分からないような、道路に立ち並ぶ他の建物と同じ顔をして建っていた。
僕達は店の入り口で食券を買い、おばちゃんにそれを渡した。店内は比較的に狭く、厨房から黙々と立つ煙の熱気がこっちにまで伝わってきそうだった。然し、それは苦ではなく、むしろカツオ節のいい香りが漂ってきて、思わすお腹が鳴った。
「香りがすごいな。」
お冷を啜りながら店内を見渡したまつむは、嬉しそうにそう言った。
「うん、カツオ節をふんだんに使ったスープらしいね。――和風だね。」
まつむとラーメンを食べたのはこれで二回目だった。確か前回行ったのは、県立図書館へ続く大通りに面した、味噌ラーメン専門のお店だった。僕はそこそこなのだが、まつむは無類のラーメン好きだ。一年前の冬には彼女の田中さんと、午前練習でくたくたに走らされた日に、電車に乗ってわざわざ栄まで行って、ラーメン祭りに参加したという話を聞いたことがあった。これはまつむからではなく、確か田中さんから聞いた話で、「けっこう並んだ」とか愚痴を漏らしながらも、楽しそうな表情で話していた。
しばらく腹を空かせて待っていると、遂に僕達のつけ麺が運ばれてきた。運ばれ、実物を目の前にして、僕達は驚いた。麺が真っ平らで、しかもびっくりするほど幅が太いのだ。僕は直ぐにその平たく太い麺を、どっしりと箸で持ち、そしてスープに浸して、十分浸ったところで、口に入れた。幅は僕の口の横幅くらいだろうか、その麺は表面がツルツルしていて、食感はもちもちであった。和風出汁が凝縮された醤油味で、香りがよく、口の中一杯に麺を入れると、口中がその味と香りと、そしてもちもちに支配され、僕はされるがままに咀嚼した。まつむも同じ感動を味わっているらしく、目を見開いてこっちをみた。
僕達はしばらく黙って、とにかく食べることに没頭した。そう言えば、以前一度だけ、啓仁とラーメンを食べに行ったことがあったのだが、その時はやたら啓仁が僕に話しかけて、集中して味わえなかった。食べること関しては、おそらく僕はまつむとの方が相性がいいのだろう。「漢なら、黙って食らえ」、みたいな言葉をどこかで聞いた覚えがあるのだが、僕達はそっち派だった。
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