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 例の事件、同じ高校の野球部のやつが万引きを起こした事件から、また僕はミツメの警告を無視するようになってきた。それはミツメへの反抗でもあり、その背後にいるであろう何者かへの反抗でもあった。僕は自由が欲しかった。何からも束縛されない自由、それこそのんびりと空をゆく雲になりたかった。  雲のような自由が欲しい。そんなことをお昼、まつむに話したら、また俯瞰的な答えが返ってきた。 「完全な自由なんてないんじゃないか。むしろ全てが自由だったら、それこそ不自由やろ。雲だって、風に流されているからのんびり過ごしている。風がなきゃ雲だってまごつく。俺等だって、束縛する何もかもから解放されちゃったら、どこへ行けばいいか分からない。」 その答えに納得したようなしないような。確かに言っていることは非常に正しいと思うが、然しやはり自由への欲が消えなかった。だから鋭く問い詰めてみた。 「じゃあ、受験勉強も?」 「受験勉強もそうじゃね。受験勉強というものがあるから、一生懸命進むべき方向が分かる。そうじゃなきゃ、どこいけばいいかわからん。」 その返しを待っていた僕は、 「本当に? 受験勉強から解放されたくない?」 と悪い顔で聞いた。するとまつむは笑って、 「いや、解放されたい。ものすごく」 と同じく悪い顔をした。すると、ずっとその様子を見ていたちーざがぼそりと言葉を発した。 「ゆっくり勉強したいなー。」 その言葉にまつむは直ぐに反応し、大きく伸びをした。 「ほんとそれ。俺もゆっくりと勉強したいわー。ああ、疲れた。」  桜が咲き、虫の気配も増え、本格的な春となった頃、僕は借りていた本を返すために、いつものように稲垣のクラスへ行くことにした。然しいつもと匂いが違った。というのも朝ではなく放課後に寄ることになったのだ。本当はいつものように朝に行く予定だったのだが、朝たまたま廊下で啓仁と会い、久しぶり話し込んでいたら、予鈴がなってしまった。そのため、やむをえず放課後に変更となった。  いつもと違う行動に僕は尿意を催した。だから部活の荷物が揺れる廊下を細身になって進んで、トイレに入った。  トイレには僕ひとりしかいなかった。さっさと済ませてしまおうと、便器の前に立ち用を済ませていると、足元に何かあるのを発見した。――「桜の花びらだ。」  風に飛ばされてやって来たのか、それとも誰かが連れてきたのか。  いつもと違う行動を起こすと、こういった偶然の出会いがある。普段定型文のような生活を送っているが、アナグラムなんか使って、その文を全く予想だにしないものに変えてやろうかと、ちょっと冒険心が沸いた。
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