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 稲垣のクラスは相変わらず別世界だった。相変わらず知らない人達が沢山いた。陽キャラのやつらに関しては顔だけは見たことがあったが、大人しくオタクなやつら、所謂陰キャラのやつに関しては顔すら初めましてだった。  稲垣は廊下側の一番前にいた。だから灯台下暗しというか、最初全然見つからず、クラスを間違えたかと思った。  稲垣の後ろ姿を確認した僕は、わざと空気となって、おそるおそる稲垣の後ろへ寄っていった。そして後ろから「よう」と、急に脅かした。 「びっくりしたー。」 その稲垣の驚っきぶりに、僕は満足して、そのまま借りてた本が入った袋を、稲垣の机の上に、どさっと置いてやろうと思ったら、左から聞き覚えのある明るい声が聞こえてきた。 「うちもびっくりしたー。」 僕はすぐさまそちらに顔を向けた。するとそこには田中さんがいた。――涙ぼくろがいつもよりはっきり見えた。  僕は急な出会いに辟易して、テンションをどこに設定るべきか当惑した。 然し、田中さんはいつもと変わらない表情で、「平塚君、久しぶり」と手を振った。僕はそれに釣られ小さく手を振った。 「また、席近くなの?」 「いや、うちの席はうしろ。」 そうやってうしろの方の席を指さした。 「何? また本?」 「――うん。」 そうやって僕は本を出した。それを見た田中さんは嬉しそうな表情で、 「実は私、本デビューしてみようかなって思って、ほら」 そう言って取り出した本は、前年度の下半期に芥川賞に選ばれた作品だった。僕は無邪気なその感じに気持ちが少しほぐれて、先輩のような気持ちでちょっと上から 「面白い?」 と聞いた。するとまたくしゃっと笑って「うん。結構面白いよ」と答えた。  僕はそれから稲垣に借りた本を返して、別れを言ってすぐに帰ろうとした。すると、 「どうせやで、三人で一緒に帰ろ」 と蒼いリュックの肩掛け部分を手で持って、田中さんが立ち上がった。僕はその意外な言葉に驚いて、稲垣の方を見たが、稲垣は特に僕の方を見ることなく、返した本を黒い手提げのバックに丁寧に入れ、当然の流れのように立ち上がった――。  当たり前のことだが、僕はここでまつむの顔が浮かんだ。もしこんな光景がまつむに見られたら、大変不味いことになる。後でしっかり説明したら、おそらく納得してくれるだろうとは思うが、それでもまつむに何らかの悪いダメージを与えてしまう。いや、もしかしたら納得してくれないかもしれない。もしそうなったら――。  僕はまつむへの――自分への最悪の事態を恐れて――ふとこんな時に限って、ミツメの方を見て警告を待ったが、ミツメは特に何も言わなかった。それよりか「この二人やっぱり仲いいな」と呑気に親心の表情をしていた。僕は本当にこのまま流れに乗っていいのかと様子をみながら、おそるおそるふたりと一緒にクラスを出た。
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