夜中の心の冷凍庫

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 ひんやり、気持ちいいなあ、という記憶を最後に眠ったはずなのに、不意に目が覚めた。せっかく新調したキャミソールを着ていたのに、背中が汗でぐっしょりと濡れていた。どことなく、自分自身が汗臭い。  寝ぼけ眼を擦り、スマホの横の起動ボタンを押すと、真っ暗だったあたりがふいに、ぱぁっとまぶしくなり、思わず目を細める。うさぎが月を見上げているピンクと紺が基調の待ち受け画面上半分の中央に、「03:56」との数字が並んでいた。微妙な時間である。目を閉じて寝返りを打って二度寝をしようと思ったが、熱帯夜は暑くてなかなか寝付けない。枕周辺を手探りすると、ぷにっとしたものに指が触れた。  ――んん、やっぱり溶けてしまったか。  私は、中身が溶けてしまった保冷剤を手に掴み、充電していた携帯をケーブルから外すと、起き上がって、壁にぶつからないかなどを気にしながら、ゆっくりと玄関と廊下を抜けて、キッチンに入った。  手探りで冷蔵庫の冷凍室の扉を探り、私は扉を開いた。冷蔵庫は開けると中が明るく照らされるけれど、冷凍室には、そのような機能がない。私は持っていたスマホを点け、中身を照らして、持っていた保冷剤を中に入れ、中で冷やされていた保冷剤を取り出した。携帯の画面から漏れる光が、しまわれた保冷剤を照らす。その保冷剤には、茶色く小さな文字で「Jersey corner」というケーキ屋の名前が踊っていた。  ――あぁ、あのときの。  私は、一瞬そのときの――Jersey cornerのケーキを、ある人と一緒に食べた記憶を思い出しかけた。けれど、私は、その溶けた保冷剤を入れた冷凍室の扉をバンッとすぐさま閉じて、再び闇の中、寝室へと歩き始めた。  日頃心の奥底に  凍らせている思い出は  溶けゆくのもつかの間  再び凍らされていく。  けれど、決して消えゆくわけではなく  また私の心の冷凍庫に収納されるのみ。  冷凍保存  風化するということはなく  ずっと新鮮な記憶として残っていく  ただ、私の心の部屋全体が  その思い出で埋まってしまうと  日常を生きるのが難しくなってしまうから  また私はその記憶を冷凍庫にしまう。  再び私は自分の寝室に辿り着いて、新しい保冷剤を枕元に置き、半分に畳んだタオルケットをお腹の上に置いた。  起きて朝になれば、さっき私があの記憶を思い出しかけたということも、忘れて私は外へと出かけていく。  私の人生を構成していく思い出の氷さんたち  私の心から溢れ出してしまわないように  ちゃあんと凍っておくのよ、  と一人小さな声でつぶやいて、熱帯夜の中私は新たな保冷剤をゆっくりと溶かしながら、眠りについた。
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