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◇◇◇
最寄り駅のホームは、春休みのせいか人が多い。
滑り込んできた電車に乗ってスマホを見ると、早坂さんから『大学に着いたから図書館にいるね』とメールが来ていた。
あの日神野に話した、ふわふわした笑顔が可愛い子。
明るくて優しくて、本当にいい子だと思う。まわりからはいい加減付き合えと言われて随分経った。
『さっさと告れよ』 。あの日の投げやりな声が耳に蘇る。できるわけないだろ。消えない面影に言い返す。
踏み出さないのは今でもずっと、神野が僕の心の真ん中にいるからだ。
神野のいない毎日を重ねれば重ねるほど、気が付けばあいつのことばっかり考えてる。
どんな思い出よりも今、声が聞きたい。もう1度、ハルって呼んでほしい。
あいつの気持ちに向き合うことから逃げてしまった僕にはもう、そんな資格なんてないのかもしれないけれど。
神野のサラサラした髪の感触と、途方に暮れた子供みたいな顔を思い出す。
もし、もう1度あの日に戻れたら。神野の言葉を最後まで聞いていたら。
僕は──。
ポケットのスマホが震えて、我に返った。
一年も会わなければ人の心も変わる。神野だってきっと、僕のことなんてとっくに忘れてる。
…こんな、どうしようもなく臆病で卑怯な僕のことなんて。
のろのろとスマホを覗き込む。画面に浮かぶ文字に、一瞬呼吸を忘れた。
車内の音が遠のいて、早まっていく鼓動だけが響く。
『生きてるか?』
ただそれだけの、あいつらしい、そっけないメール。
「…生きてるよ。…バカ」
震える声で呟いた瞬間。
胸の中で限界まで膨らんだ思いが、ぱちんと弾けた気がした。
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