彼女達の話

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 意味が分かりませんでした。何故人形がわたしに対して怒っているのかが。彼女がわたしに何を望んでいるのかが。彼女もわたしが何も理解していないことを悟ったらしく、神妙な顔つきで語り始めました。 「私はずっと人間になりたかった。だからあの日、私は貴女のことを騙して肉体を奪った。そうして周りを味方に付けながら、自分の好きな道を歩もうと努力してきた。今の私の身体は冷たく硬い陶器じゃない。……でも」  彼女の顔は歪んでいました。悲哀と葛藤に満ちたその表情は、幸福な者のする顔ではありませんでした。 「身体が肉で出来ていたらそれは人間? 痛みを感じることが出来ればそれは人間? 自分の為だけに生きる者は人間? 私はそう思わない。思いたくない。だってそれを認めてしまったら、私達を傷付けたあの人でなしも、人間ってことになってしまうもの」  人でなし、とは母のことだろうと思いました。確かにわたしも、あの化け物を人間と認めたくはありませんでした。例え実の母だとしても、血の繋がりがあっても、わたしを痛めつけてくれたあの女が人間であるとは思えませんでした。 「私は人間じゃない。そもそもあの冬の日、貴女をゴミ捨て場に放棄した時点で、人間になれるはずがなかった。……それでも、私は人間になることを諦め切れなかった。だからあの時逃げ出した。貴女のことを抱き締めながら」  彼女の手が震えているのを感じました。気持ちが高ぶっているようでした。その目には心なしか涙が滲んでいるようでした。 「私には、幸せを知る権利がある。それはずっと信じてきたことであり、今もその確信は揺らいでいない。……じゃあ、貴女はどうなの?私に幸せを知る権利があるなら、貴女には幸せになる義務がある。私はそう思っている」  彼女の目に滲んだ涙は、大きな粒になったかと思うと次の瞬間、一気に弾けて溢れ出しました。涙は止まることを知りませんでした。その透明な流れからは悲歎の念よりも、むしろ安堵を感じました。 「身勝手だと思う? 都合がいいと思う? ならそのついでにもう一つ。ずっと……ずっと謝りたかった。私は貴女の可能性を奪い去ってしまったのだから。人間としての道を消し去ってしまったのだから。……でも、あの時謝ったところで、貴女には伝わらないと思った。だから時を待った。貴女を受け入れられる場が整うまで。ここから始まるのは完全な自由。誰も私達に文句を言えない。誰も私達を否定出来ない。……誰も貴女のことを傷付けたりしない!」  彼女は息絶え絶えに言葉を発していました。まるで、十五年前のあの日のようでした。でも、あの日と何かが違っていました。わたしにはその何かが分かりませんでした。……いや、分かっていても分からない振りをしていたのかもしれません。 「私を罵って欲しい。蔑んで欲しい。だってそれは、貴女が人生に興味を持ってくれていることの証明になるから。だから……だから……」  彼女は最後の息を振り絞り、こう締めました。 「今まで本当にごめんなさい。貴女の人生を、今日お返しします」 「……ありがとう」  ……何故かわたしはそう言っていました。
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