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私は幸せを知るために、人間を演じ続けました。持てる限りの知識を駆使し、他者に媚びることも厭わず、目的の為の努力も惜しみませんでした。人形時代に行ってきた人間観察の成果が、その場その場において発揮されました。
その甲斐あってか、私は自分の居場所を見つけ、その中で安泰な暮らしを送ることに成功しました。学歴、交友関係、その他諸々の実績、あまりに順調に進む人生を、私は遠慮することなく満喫しました。
大学を卒業した直後のことです。身体的に仕事が困難になった両親の代わりに、私が手芸用品店を引き継ぐ事になりました。
それまでも店の手伝いをする事は何度もあったのですが、これからは両親の手を借りる事なく、一人で店を切り盛りしていく必要があったため、流石の私も少々不安になりました。
しかし、これを機に周りの一切から自立し、本当の意味で人生を選択していけると思い、内心わくわくが止まりませんでした。
両親とのささやかな記念パーティを終えた後、私はすぐに我が家を出て、そのまま店まで向かいました。
見ての通り、この店は決して大きくはありません。品揃えが特別豊かという訳でもありませんし、都会に行けば、きっとより立派な店が存在するに違いありません。
それでも私は、客が居ないことをいいことに、嬉しさで一人、店内でにやけまくりました。
ここまでは順風満帆に来ることが出来た。しかし大事なのはここからだ。ここからが本当の意味での始まりなのだ。
この先も私は幸せであり続けることだろう。いや、あり続けなくてはならないのだ。私には幸せを知る権利があるのだから。そんなことを思ったものです。
しかし、私にはたった一つ心残りがありました。人間となってより、ずっと抱えてきた心残り。これを晴らさなければ、私は真の意味で幸福にはなれない、それが分かっていました。
だから私はその日を、本当の人生の始まりの日を、全ての決着の日とすることに決めました。そして私は心残りの原因に…ずっとこの腕に抱き続けてきた人形に話を切り出しました。
「ねえ、貴女。私ね、今日からこの店を任せられることになったの。凄いでしょう? だってずっと努力してきたもの。人間になってから、今の今までずっと。今日から新しい一日が始まるの。貴女も応援してくれるよね?」
「……」
返事は有りませんでした。まあ、当然のことでしょう。これまで肌身離さず持ち歩いてきたとはいえ、私が彼女に話しかけることなんて、出会いの日を除いて一切無かったのですから。それでも私は話を続けました。
「私ね、今とっても幸せ! 優しい家族にも出会えたし、いっぱい友達も作れたし、何より自分の居場所があるし。人形だった頃は、こんなにも楽しい生き方があるなんて、思っても見なかった。ねえ、羨ましいでしょう?」
「……」
まだ返事は来ませんでした。ガラスの瞳はどこを見ているのか、陶器の耳は何を見ているのか、私には確認のしようがありません。
それでも反応を得るため、彼女の注意をこちらに引くため、私は飛び切り楽しそうに話しを続行しました。
「羨ましくないの? 人形のままだと退屈なんじゃないの? この幸せを味わってみたいとか、そんな風には思わないの? 何とか言いなよ」
「……」
嫌味たらしく言ってみても、効果はありませんでした。これまでの人生の中で、あれだけ近くで私の生き様を見せつけてきたにも関わらず、幸せの有意義さを見せびらかしてきたにも関わらず、彼女は一切の反応を示さなかったのです。
「ねえ、何とか言いなよ。例え人形の身体だとしても、話をする事は出来るでしょう? 何?無視してるの? そんなに私と話をしなくないの? そんなに人形であり続けたいの?」
「……」
声を荒げてみても、それでも返事はありませんでした。いつまでもいつまでも寡黙を貫く少女に、私はとうとう限界を迎えました。
「いい加減にしなさいよ! ここまで自慢されておいて! 仲間外れにされておいて! 蔑ろにされておいて! 奪われておいて! ……何も思わない訳ないでしょう!? もっと私を羨め! 恨め! 幸せを望め! もし貴女と私の立場が逆なら、貴女はこの先本当の自由を得られるんだ! 好きな事を選んでいけるんだ! なのにどうして? どうしてそこまで不幸せであろうとするの? 幸せを知ろうとしないの? これじゃあ……今まで頑張ってきた私が馬鹿みたいじゃない!」
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