彼女達の話

2/15
前へ
/19ページ
次へ
 かつてわたしは少女でした。純粋故に物を知らぬ、一人の無垢な少女でした。赤ん坊の頃に両親が離婚して以来、ずっと母親と二人で暮らしていました。  七歳だったか八歳だったか、詳しい事は覚えていませんが、わたしがとある不思議な体験をしたのは、丁度その時期の冬のことです。  その日は家の外で一日中雪が舞っていました。アスファルトの上にも雪が積もり、それが白銀の海原を形成していました。真昼というのに太陽が雲から覗くこともなく、それでも暗くなりきらない世界で、わたしは手が悴むような寒さを堪能したものです。  出会いのきっかけは、当時住んでいたアパートの前で、わたしが一人で遊んでいたことにあります。そのアパートはお世辞にも綺麗とは言い難く、住人もかなり少なかったため、わたしが学校にも通わず遊ぶことを咎める人間はいませんでした。雪の降り注ぐ中、そこでいつものようにはしゃぐわたしの目に、映るものがありました。  わたしの視線はアパートのゴミ捨て場に向かいました。ゴミの詰まった袋が粗雑に積まれたその空間に、わたしの目が釘付けになったのには理由がありました。  先程から言っているように、その日は凍えるほど寒い、雪の降り注ぐ日。ゴミ袋の上にも当然雪のクロスが覆いかぶさっていました。にも関わらず、たった一つだけ、全くもって雪の中に埋もれていないものがあったのです。  それは一つの人形でした。桃色のドレスを着た、栗色巻き毛の女の子の人形でした。わたしはその人形のことが気になり、近くで確認してみることにしたのです。いざ近寄ってまじまじと見つめてみると、それがどのような状態かがよく分かりました。  ああ、何て綺麗な人形だろう。語彙の足りない子供の脳では、そう考えるのが精一杯でした。しかし、勉学に励み世の理を知った今、あの時と同じ状況に立つことになるとしても、きっとわたしは同じことを繰り返すのでしょう。それ程までにわたしの目には、その人形が美しく見えていたのです。  わたしはその人形を手に取り、そのまま我が家へと帰りました。生まれてからこの方、ぬいぐるみの一つも買い与えられたことのなかったわたしですから、その人形はまるでサンタクロースからのプレゼントのように、自分への贈り物のように思えて仕方がなかったのです。  しかし人形を手に取った瞬間、僅かな違和感を覚えました。わたしの目には彼女が、ほんの少しだけ微笑んだように見えたのです。しかし、細かいことなど気にしない子供の時分です。わたしは特に意に介することもなく、そのまま人形を持ち帰りました。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加