彼女達の話

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 事はわたしが人形を家の中に持ち込んでからすぐに起こりました。玄関で靴を脱ぐ途中、不意にわたしの頭の中に何者かの声が響いたのです。 「もし、そこのお嬢さん、聞こえてる?」  女性の声でした。一瞬母の声かとも思い身構えましたが、それにしては落ち着いた、艶のある声でした。そもそも母はその時間仕事に行っていたため、その声が聞こえるはずが無かったのです。 「驚かないで。私はここ、貴女の隣」  そう言われた事で、わたしはその声の主が誰であるかを理解しました。それはわたしがついさっき拾ってきた、例の人形だったのです。  慌てて手に取ってみると、彼女は口こそ動かしていないものの、その瞳からはわたしに声を届けたいという気持ちが、まじまじと伝わってきました。わたしが状況を理解した事で安心したのか、人形は更に優しい調子ではなしを続けました。 「ああ、気が付いたね。察しの通り、この声は私の声。実は貴女に頼みたい事があって、このように話を切り出させてもらったの。少しだけ時間を頂戴。なに、そう複雑な要件ではないよ」  今思えば、人形が脳内に直接語りかけるなんて、奇々怪界な話です。まともな人間ならすぐにでも人形から離れるか、さもなくば元のゴミ捨て場に置いてくる事でしょう。  しかし、私は意外なほどにその事実を簡単に受け入れました。素直な子供にとっては、人形が人間と対等に会話をしたところで、然程驚愕するようなことでは無かったのでしょう。結局わたしは何か思うこともなく、彼女の話に耳を傾けたのです。 「見ての通り私は人形だけど、実は本質はそうではないの。貴女は私が人間だと聞いたとして、それを真実だと思う? きっと何かの冗談だろうと相手にしないでしょう? でも、私は人間なの。正確には、人間の心だけを持っているの。私は何十年という年月を生きるうち、人間の心を手にすることに成功したの。頼みって言うのはね、そのことに関係しているの」  姿が異常なら言うことも異常。正常な思考の持ち主なら、間違ってもそのおしゃべり人形が人間だとは思わないでしょう。でもわたしは違いました。何を考えてか、そもそも何も考えていなかったのか、わたしは彼女の可笑しな要求にすら理解を示してしまったのです。 「私に貴女の肉体を貸して欲しい。私は生まれてからこの方、足を使って歩いた事がないの。口を使って食事をした事がないの。ほんの少しの間だけ、何なら今日限りでいい。私に人間の営み、人生なるものを体験させて欲しいの。いいでしょう?」  ああ、どれだけわたしは馬鹿だったのでしょう。もしくは人を疑うことを知らない、純粋な子供故の誤りだったのでしょうか。いや、きっとそれ以上の理由があったのでしょう。わたしはあっさりとその要求に応答してしまったのです。すなわち、わたしは人形に肉体を貸してしまったのです。
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