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私は生まれて初めて、寒さというものを感じました。意識してもいないのに肌が縮こまり、歯ががちがちと震えることに、最初のうちは戸惑いを感じました。しかし、その不快感は念願の人間になれたという高揚感の前には、取るに足りないものでした。
手始めに、私は指先に意識を集中させてみました。するとどうでしょう。今までは縄に縛られているかのようにちっとも動かなかった手が、滑らかに軌道をつけ始めたのです。
人間にとっては、それこそ気に留めないようなことなのでしょう。しかし私は、自分の体を自由に動かせるという事実に、深い感動を覚えたものです。陶器の肉体では叶わなかった悲願が達成されたのかと思うと、それを愉悦としない訳にはいきませんでした。
しばらくの間、私は未知の感覚を前に狂喜乱舞していましたが、ほんの少し気分が落ち着いてきたところで、玄関に置きっぱなしのアンティーク人形の存在を思い出しました。
それを手に取ってみると、その瞬間手先の寒さが消え失せたことに気が付きました。その時私は、この感覚は温かさというものだと理解しました。そして同時に、人形が体温を持っているということは、すなわちその中に人間の魂が入り込んでいるということだと確信しました。
全ては上手くいったのです。私の魂が少女の肉体に入り込んだのと同時に、少女の魂は私の器の中に移動したのです。私はにやける口を懸命に一文字に保たんと躍起になりながら、目の前の人形に向かってこう告げました。
「お嬢さん、本当にありがとう。まさかこうもあっさりと望みが叶うとは思ってもみなかった。本当に……貴女が馬鹿な娘で助かった」
私には、端から約束を守るつもりなどありませんでした。人形を抱えたまま玄関の扉を開け、そのまま元のゴミ捨て場にまで歩いていくと、私は少女の魂をその穢れた空間に放り捨てました。少女は無残にも私の代わりに、悲惨な末路を迎えることが確定したのです。
私は人形の上に無慈悲にも雪が積もり始めたのを見ると、高笑いしながら新しい我が家へ戻り始めました。このままあの少女が燃やされようが裂かれようが、そんなことは知ったことじゃない。
まあせめてもの手向けとして、私があの少女の分まで人生を堪能してやろう。そんな人でなしの思考を剥き出しに、私は新たな人生歩むことにしたのです。
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