第2話 Trial

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《Hello! Everyone!!DJ.Walkerの懐メロ募集の時間です!このコーナーでは皆さんから頂いたリクエストをもとに、懐かしのあの名曲をお送りしますよ!》 小さなクラシックミニの中では音質の悪いラジオが流れている。BBCラジオの中でも人気なコーナーらしいが、別に俺が特に好きなわけでも、ましてや助手席に座る弟が好きなわけでもない。ハンドルを握る指がトントンと勝手に動く。別にイライラしているわけではない、逆だ、緊張しているのだ。 そう、今日は俺の就職がかかった「調査官認定試験」なのである。 普段は緊張なんてしないのだが、今日はなんだか様子が変なのだ。めちゃくちゃ緊張している。別に好きでもないラジオを大音量で流すぐらいには。 《そういえば、今日はクリスマスイブだね!これを聞いているみんなはサンタがいることを信じてはいないだろうけど、俺は信じてるぜ!昨日も手紙が来たんだ、『ウォーカーへ、博打で金をスカしたから貸してくれ』ってよ。そいつの名前はSanta!……え?番組プロデューサーだって?オイオイ冗談だろ〜》 軽快な口調でジョークを言うDJが無性に腹立たしくなった。今は信号待ちだから嫌でもラジオを聞いてしまう。ますます緊張してきた。悪循環だ。隣に座る弟が相変わらず何を考えてるか分からない目で俺を見てくる。 「……聞きたくないなら消せば?」 「や、聞きたくて聞いてるんじゃない。」 「…そう」 会話が終わる。 《Ya,トークはこれぐらいにしておいて。おっ、リクエストが届いてるね!24歳男性から。なになに、『クリスマス前なのに失恋しました。クリスマス関係ないスカッとした曲が聞きたいのでお願いします』だそうでーす》 《失恋したか〜可哀想に。だけどスカッとする曲なんてすぐには、……そういえば今日は何曜日だっけ?………土曜日?》 《土曜日と言えば…そう!我らがエルトン・ジョンのこの曲で土曜は暴れようか! 『Saturday Night Alright For Fighting』! 》 DJがそう言うと激しいギターソロが始まった。アップテンポな曲に合わせてなかなか激しい内容の歌詞だ。 「………僕たちも暴れてみる?」 「…それは会場でだな」 Saturday nightと音痴なりに歌ってみる。聞いているうちに緊張がほぐれてきた気がした。 「やっぱりエルトン・ジョンは偉大だな。」 「ドラッグ患者でも?」 「おい、イギリス人はみんな過激なのか?誰とも話したくなくなる」 ハンドルから手を話して「まいった」のジェスチャーをする。エリックがそれを見て鼻で笑った。信号が青に変わる。 「…本当に大丈夫なの?結局今朝まで福音の発音怪しかっただろ」 「…………なんとかする。福音以外は多分覚えてるから、そこで上手く立ち回るつもり」 それに、と言葉を続ける。 「何かあっても、お前がいるんだろ?だったら大丈夫さ」 エリックの緑の瞳が朝露を受けたように煌めいた。すぐに伏せられ、俺の方ではなく窓の向こうを見る。 「…期待はしないでくれ。最低限の手伝いはする。………君が合格するのを、心から祈ってる。」 そう聞いて安心した。ふっと笑ってすぐに前を向く。目的地まではあと少しだ。迷いを払うようにアクセルをめいっぱい踏み込んだ。 調査官認定試験は、ロンドンではなくコッツウォルズという場所で行われるらしい。オックスフォードよりもさらにロンドンから遠いそこは、ピーターラビットの舞台のモデルになったと言われている場所で、古くから妖精のような怪異が多く生息していると聞く。 認定試験には二種類あるが、今回は間違いなく実技試験の方だろう。 瞬時に判断し、適切な対応をとる瞬発力と、純粋な怪異に対する知識力が試される。 エリックは、ペーパーテストよりも難しいと言っていた。そして、合格者が少ないとも。 しかし怖気付いていてはこの先何も出来ないだろう。調査官には知識や判断力よりも、自分よりも強い、人間でないものの相手をする「勇気」が必要だ。 エリックに指定された目的地に到着した。民家が立ち並んでいた通りから離れた、深い森の傍に車を停めて降りる。辺りは鬱蒼と樹木が茂っており、昼間だと言うのに暗かった。 「…本当にここで合ってるのか?」 エリックに問いかけるが、彼は問いを無視し迷いなく森の方へと歩き始めた。慌てて追いかける。 森自体は高木ばかりが生えているからか、獣道のような通り道はなかったがいかんせん暗い。それに連日の雨で湿気ているからか、不快なほどジメジメとしていた。 エリックについて行くと、ぽっかりと広場にでた。そこだけは地面に草が生えておらず、人工的に整備された場所だと分かる。 そこには見覚えのある人物が立っていた。 美しいブロンドに、暗くても美形だと分かる顔立ちとすらりとした細身にピッタリと合うダークスーツ。 エドガーだ。 「エド!」 名前を呼ぶとこちらに気づいたのか、手を小さく振り返してくれた。 「ケイ、無事にたどり着けましたね。良かったです。」 「余計なお世話。それよりエド、試験って何をするつもりなんだ?」 一番に聞きたいことを尋ねる。エドガーはくすりと笑ってエリックの方を見た。 「…もしかして、彼に教えていないんですか?」 「当たり前だろう。あくまで僕は『審査員』だ。不正行為はできないし、するつもりもない。」 「おや、それもそうですね」 そう言うとエドガーは周りを見渡した。それに倣って周りを見ると、俺たち以外の参加者もいた。10人前後ぐらいだろうか。ティーンのように若い人もいれば、定年退職する歳であろうひともおり、皆年齢も国籍もバラバラだった。 「…これで参加者全員が揃いました。これより英国超常現象機構、調査官認定試験の説明を行います。」 エドガーはその場にいる皆に聞こえる、大きな声で言った。 一斉に皆がエドガーの方を見る。 「今回が初めてではない方もいるでしょうが、全て説明させていただきます。これから皆さんには、この森に住んでいる、ある『怪異』を退治してもらいます。」 それを聞いてさっと顔が青ざめた。 怪異退治をする。それは俺が絶対にやりたくないことだった。エリックがこちらを見ているのに気づいたが、それが何を意味しているのかは知りたくなかった。 「その怪異が何かは皆さんの目で確かめてもらいます。…そして、怪異を退治した後、それを証明するために怪異の目玉を、私に持ってきてください。」 「おいおい、それじゃあ殺さなくても目玉さえ取ればいいのかよ、審査官さんよぉ!」 どこからか柄の悪い声が聞こえる。見ると髪をオレンジに染め、耳にはたくさんのピアスを付けた怖そうな男がいた。歯を剥き出しにしてエドガーに食ってかかっている。 エドガーは彼を一瞥すると、 「……そうですね、それも可能です。退治または無力化して欲しいのです。そのためなら何をして下さっても構いません、それこそ目玉をくり抜いて拷問するのも!」と言った。 ジェイの部屋で見た時との態度の違いに戸惑う。彼はこんなに冷淡な男だったか?声にも表情にも、なんの感情も見えない。同じ顔をした別人のように見えた。 エドガーの言葉に他の候補生がざわつく。 彼の言葉はどう響いただろう。 殺しを正当化したか、もしくは? 「そして、今回は現場での行動も採点基準に入りますので、現役の調査官1名にも参加してもらいます。…エリック、自己紹介を」 エリックが、審査官…? 名前を呼ばれてエリックが周りを見渡す。俺と目が合っても彼は意識的に逸らした。 (どうして) 「エリック・キャンベル。オックスフォード地区を担当してる。……君たちが不正行為をしないと信じているよ」 短くまとめられた説明に、候補生たちは少なからず不満を訴えたが、エリックは何一つ言わなかった。 多分、俺が何を聞いても、彼は黙って隠すのだろう。 エリックの自己紹介が終わると、今度はエドガーが広場の中心へとたった。 「制限時間は24時間です。この広場の奥には小さな小屋があります。食事や医療品、魔術に使う道具などが置いてありますのでご自由にどうぞ。…ただし、他人を妨害して故意に負傷させたり、万が一にも殺害などされたら、永久追放とさせていただきます。」 そう言うとエドガーはどこからか袋を取り出した。ひっくり返すと中身が地面に散らばる。銀色の銃とナイフばかりだった。 「最後に、……これが貴方達の武器です。怪異は襲ってくるとも限りませんが、必要があれば使ってください。1人最低1セットずつあり、銃には銀の弾が12発装填されています。」 エドガーの深い青の瞳が、影のせいか黒く見える。長いまつ毛が伏せられて、すぐに開かれた。 「……それでは試験を開始します」
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