第3話 Mithraism

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第3話 Mithraism

信じられないような話をするが、この世には「怪異」とか「超常現象」とか言うやつが存在する。俗に言うホラーだのオカルトだのの類だ。貞子のような悪霊もいるし、Xファイルのような怪事件も多くは彼らの仕業だ。 現に俺も2度ほど遭遇している。そしてその度に命懸けだ。信じられない、自分でも。 そして、今俺はイギリスに訳あって住んでるんだけど、そこで「英国超常現象機構」という組織にスカウトされたんだ。政府直属の特殊組織で、所属してる人数も誰がトップなのかも分からない、こう書けばまるで映画のような職場だ。そしてそこには「調査官」と呼ばれる特殊な訓練を受けた奴らがいて、そいつらがイギリス中、もしくは世界中の「怪異絡みの事件」を解決している。エクソシストみたいなもんだけど、そいつらはまた違う仕事らしい。 そして俺はその調査官になるための試験を受けたんだけど、馬鹿みたいな話だが彼らのミスで俺は死にそうになった。そしてその試験も結局は無かったことになっている。 その再試験をつい昨日受けた。結果が返ってくるのは今日らしい。新年にしてはおめでたくないものだろう、きっと。 「…………」 「………大丈夫?」 同居している弟、エリックの家で資料やら聖書やらに囲まれた俺は、ぐったりと机に伏している。その向こうから哀れみの目が椅子に座っている弟から向けられるが、それすら苛立ちの原因になった。何が悲しくてこんなに怒っているのかわからない。 クリスマスイブに受けた調査官認定試験は、シェイプシフターの乱入によって散々な結果となり、試験としての役目を果たさないまま収束した。 俺とハンナは「退治」対象の怪異である、シルフィードのユヌを確保することはできたものの、試験どころではない騒ぎで多くの候補生が再試験の要望をだした。もちろん俺も。 その努力が功を奏したのか、機構本部から試験をやり直す旨の連絡が届き、俺たちは無事に再試験を受けることができるようになった。 しかし、その再試験というものが厄介だった。実技ではなくペーパーだ。クリスマスの翌週、つまり昨日行われたそのペーパーテストの内容は大学試験とかそういうレベルのものではなかった。悪霊を祓う方法ではなく、悪霊に取り憑かれた人間に対応する方法を問うようなものばかりで、テストというよりも論文に近い。しかも提示された状況がかなり非現実的すぎていたものもあった。 あの六法全書ぐらい太い資料をエドと必死に勉強したにもかかわらず、あまりにも難しすぎてわからなかった、としか言いようがない。しかも当たり前だが全て英語で書かれていたため、それが母語でない俺にとってはかなり苦しい試験であった。 そして今俺は、エドが持ち帰ってくるであろう試験結果を待っている。昨日の散々なテスト内容を思い出しながら。 「………もーだめだ……………」 「……大丈夫だって…きっと」 物静かな彼にしては珍しく慰めの言葉を掛けてくれたが、申し訳ないが何の根拠もないのでありがたくもなんともなかった。それぐらい自信が無い。 ぐったりと項垂れ、いつ日本に帰ろうかと考えていると、ピンポン、と軽いチャイムの音が聞こえた。エドだ。 扉を開けに行こうとするエリックを制して玄関へと赴き、古いドアノブに手をかける。深呼吸しながらゆっくりとドアを開けると、玄関ポーチに眩しい笑顔を称えた男が立っていた。首元には赤いチェックのマフラーをしている。 「………………エド」 「おはようございます、ケイ。試験結果をお持ちしましたよ!」 苦々しい顔の俺とは対照的にエドの表情は喜色一面だ。にこにこ、という効果音がつきそうなほど弾ける笑みをうかべている。 エドの表情の意味がわからず困惑気味に部屋へいれる。ソファに座らせ安物のダージリンを煎れると彼は丁寧にお辞儀した。その隣の椅子にはエリックが座っている。 エドの向かいに座って、緊張した面持ちで問いかける。 「………で、結果は?」 「合格ですよ、おめでとうございます!」 あまりにも呆気なくそう言われたので「え?」と返した。隣でエリックが「やっぱり」と微妙に笑っているのかわかりづらいほど口角を持ち上げている。 エドは懐の鞄から青い封筒を取り出して中から紙を1枚取り出してくれた。 「『ケイ・タキザワ、英国超常現象機構調査官認定試験におきまして優れた結果を残されましたので合格を認定させて頂きます。英国超常現象機構』………」 長く形式ばった英文を読み上げてpassという言葉を見つける。目をこれでもか、というほどまん丸くして顔をあげると、向かいのエドは朗らかに笑いながら紅茶を飲んでいた。 「なんで、再試験は……」 「あの再試験はあくまで形式的なものですよ。英国超常現象機構は『現場での動き』を見て判断していますので、結果は既にクリスマスの段階で決まっていました」 「………君は、あの試験の日にシェイプシフターと戦っただろう。それが評価されたんだ」 「…………」 エドだけでなくエリックにも賞賛の言葉を受けるが、未だ理解できずにいる俺にはよくわからなかった。 呆然と合格通知を見ている俺の前で、エドはつらつらと言葉を並べ始めた。 「シェイプシフターと1人で対峙するのはとても危険でしたし、あの状況で1人になったのはなんとも愚かな行為でした。ですが、銀のナイフを使って攻撃したのは勇敢な行為だと言えるでしょう。満点の合格ではなく『補欠合格』ぐらいの認識でいておけ、とマクレーン監査が仰っていましたよ」 「監査………」 「……監査は君のこと、随分と気に入っているみたいだね」 脳裏にあの手厳しい女上司の姿を思い浮かべながら、改めて合格通知を見る。『合格』という言葉を見て、その実感がじわじわ沸いてきて、思わず口元が緩んだ。 こうして俺は、晴れて調査官としての一歩を踏み出す資格を得たのだった。
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