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第4話 House of Terror
「本当にありがとねぇ、二人とも」
優しげなタレ目を細めた老婦人の手から紅茶を受け取って、「ありがとうございます」と一礼する。彼女は嬉しげに頷くと、俺と隣でシャワーを浴びたばかりのエリックにソファに座るように促した。
「わざわざオックスフォードから呼び出してごめんなさいね、なんせ私じゃとてもできなくて……」
「いえ、大丈夫ですよ!気にしないでください」
そう言うと老婦人はにっこりと笑った。先程出されたアフタヌーンティーに口をつける。鼻腔をくすぐる香りとまろやかな味わいが口いっぱいに広がって、思わず笑みを深めた。美味しい。口に出ていたのか老婦人はにこにこと笑い、紅茶のお代わりに彼女お手製だというアップルパイも付けてくれた。
「わ、美味しそう……」
「遠慮しないでどんどん食べて!久しぶりに会ったんだもの、これぐらいご馳走させてちょうだいな」
「ありがとうございます、モニカ叔母さん」
エリックにあやかってぺこりと頭を下げる。老婦人…モニカはにこにこと笑って、彼女自身の分のアップルパイを取りにキッチンへと向かった。
俺たちは今、スウィンドンという街の外れ、コートウォーターカントリーパークの近くにある叔母のモニカの家にいる。俺たちの父親、ジョージの妹である彼女から一本の電話が入ったことがきっかけだった。
先日の大英博物館の心霊現象、ミトラス神像の事件を解決した俺たちは、本格的に失踪した父親を探すことを検討し始めていた。理由としては、親父が知っているだろう「エリックの秘密」を聞き出すこと、それからなぜ失踪したのかを問いただすことの二つだ。俺たちは本業である調査のかたわらで躍起になって探した。それこそ英国中のデータベースを使って。
しかし、さすがは元調査官といったところか、彼に関する情報は一つも出てこなかった。目撃情報も「ジョージ・トンプソン」という人間がいたかどうかすら怪しいほどだ。
そうして彼を探し始めてから1ヶ月が経つ。父親探しに疲れた俺たちのもとへ一本のメッセージが届いた。それがモニカのものである。
彼女はスウィンドンに幼い頃から住んでいるが、白髪も生えだした彼女に合わせて古い家具にガタが来たらしく、そのいくつかを棄てようと決めていたらしい。だが彼女の力ではとても動かせないようなものばかりで、彼女の息子に頼もうにも今は他の国にいるそうだった。困った彼女はまだ若い甥がオックスフォードにいることを思い出し、エリックを頼って電話をかけてきたのだ。
俺たちは、彼女が父の所在を知っているかもしれないという僅かな希望を持ってエディンバラへと向かった。
細いエリックだけでは不安なので、という理由で俺を、それからまだ飼い主探しをしている途中のアーサーも連れていくと、彼女は手入れされた玄関の前でコミックよろしく仰天の表情で俺を迎えてくれた。
「あら!あらあらあら………エリックのお友だちかしら!?まあ〜珍しいこともあるのね〜。まあ!可愛らしいワンちゃんまで!」
「…叔母さん、実は…この人は僕の腹違いの兄なんだ」
「お兄さん!?え、え!?」
驚くべきことに、ジョージは俺の存在を親戚にも一切伝えていなかったそうだ。当たり前といえば当たり前だけど………
とにかく彼女はひっくり返る勢いで目を回し、「こんなイケメン兄弟に会えるなら化粧しておけばよかった」とぼそぼそ呟いたあとで俺たちを家に迎え入れた。彼女の中では兄の不貞などどうでもいいらしい。
そうして俺たちは彼女に言われた通り、壊れたタンスや古びた椅子をいくつも外へ運び出し、埃まみれの地下室も掃除した。かなり大変な作業だったが、いつかのエリックの家よりかはマシだ。件のエリックも片付けは出来るらしかったが。
一通り頼まれたことをこなした後で、俺たちは埃で汚れた体を、おばさんの勧めでシャワーで洗わせてもらい、今に至る。
モニカさんはとても優しい人で、初めて出会ったもう一人の甥っ子である俺にも親切にしてくれた。温かい紅茶と美味しいアップルパイに、シャワーまで貸してくれて本当に有難い。感謝の意を述べると「別に気にしないでいいのよ〜」と笑ってくれた。
「…叔母さんと会うのは何年ぶりかな」
「貴方がまだ10ぐらいの頃ぶりじゃないかしら…あの頃から随分と大きくなったわねぇ。こんなにイケメンになっちゃって!」
「それはわかんないですけど…」
謙遜しているがエリックもマトモな格好さえしていれば随分と印象が違う。ボサボサの髪の毛や寝不足を解消さえすればその顔立ちは端正なことがよく分かる。せっかくのイケメンぷりが勿体ない。今はシャワーで髪は濡れているからマシだけれど。
「それに……ケイ、くんだっけ?こんなに素敵なお兄さんがいたなんて私知らなかったわ〜。エリックも家族が増えて嬉しかったでしょう?」
「その事なんですが……」
丁度家族の話題が出たところで話題を変えた。エリックは何か言いたそうに口を開いていたが、すぐに閉じた。よく分からないが睨まれている、なんでだ。
「実は……父が今、失踪していて……」
「…!」
叔母さんは驚いたように目を丸くして、手に持っていたカップをテーブルに置いた。視線もそれを追いかけるように下に向けられる。
「……ジョージが…?どうして……」
「それが、俺たちにも分からないんです。モニカさん……叔母さんなら何か知っているかと思って来たんですが……」
そう尋ねるが叔母さんはふるふると首を横に振るだけだった。妹である彼女ですら知らないならこれはお手上げかもしれない。エリックは露骨に落胆の表情を浮かべていたが、俺も変わらないものだろう。
「……ごめんなさいね、私も、知らなかったの…兄さんがなぜ…」
叔母さんは申し訳なさそうに謝った。エリックが慌てたように彼女の手を握る。
「叔母さん、父さんは必ず僕らが見つける。どうしていなくなったのかも、絶対に明かすから、心配しないで…」
「エリック……」
叔母さんもエリックの白い手を固く握り返す。いくつか皺が刻まれたその細い手は少しばかり震えていたが、彼女の優しげな青い目はエリックの言葉を信じて輝いていた。目を少しの間閉じてから、足元に眠るアーサーを撫でるその手つきは本当に優しかった。
「でも…エリックはこの前まで兄さんと一緒に仕事をしていたんでしょう?調査官の……なぜ………?」
「…父さんがいなくなったのは、その仕事に関連しているかもしれない。今は何も……」
叔母さんはふと何かを思い出したように口を開けた。
「そうよ!私、貴方たちに、その仕事のことで相談があったの!」
「「相談……?」」
エリックと言葉が被る。思わず目を合わせた。
「実はね…この近所で、変な家があるらしいのよ。物凄く古い豪邸なんだけど、それが『幽霊の出る家』なんて呼ばれてて」
「『幽霊の出る家』…」
「そう!そんな噂のせいで若い子たちがみんな肝試しに入っていくんだけど……何人も行方不明になってるのよ」
「行方不明…!」
叔母さんがこくりと頷く。
「そう、ただの噂ならいいんだけど。近所のドロシーが肝試しに入って…帰ってこなかったのよ!…もし本当に幽霊がいて、子どもたちが攫われてたら…」
彼女の目は恐怖に染まっていた。
普通の人ならただの噂で終わるだろうが、俺たちの場合はそうはいかない。本当に『ただの噂』かどうかを確かめなければ。
「…叔母さん、任せて。僕たちが様子を見に行ってくるよ。噂が本当か確かめに行くよ」
「…………お願いしていいかしら?私、ドロシーが心配で…………」
澄んだ青い瞳は海のように光を反射して潤んでいた。彼女は本当に優しい人だ。こんなにも他人を心配することができるなんて。
エリックと目を合わせる。彼も同じことを思ったらしい。
「…じゃ、今から行こうか。『幽霊の出る家』へ」
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