元山賊の純粋なる野望

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元山賊の純粋なる野望

 という杜柳真の身に起こった、いかにもどこかでありがちな、その一連の出来事について。  あえて補足するなら、それはすべて秋玲(しゅうれい)の計画通りだった。    説明が圧倒的に足りない。  話はしばらく前に遡る。  東主国という長い歴史を持つ国があり、その国の北側に楊州という地域があった。  秋玲は、その地方の山岳地帯に住み着く山賊の首領の娘として、この世に生を受けた。  生まれた頃から、秋玲の両親の教育方針は、こうだった。  “やられるまえに殺れ“    そんな彼女が、山賊として警吏から逃げ回る生活がおよそ一般的ではないと気付いたのは、九歳のころのことだ。   『ねぇ母さん、また逃げるの?』 『うふふ。そうねぇ。捕まっちゃうと吊るされちゃうもの。ほら、秋玲もおままごとの道具もって、逃げるわよ~』    意外にも、秋玲の母は元貴族だった。  身代金目的で父に誘拐された拍子にうっかり恋に落ちてしまい、できた子供が秋玲だったという。  最悪のデキ婚である。  まるで公序良俗に違反している。    そんなこんなで破天荒な両親の元に生まれた秋玲の生活の拠点は、もっぱら山のなか。  おかげで山猿のごとき逞しさを得たが、引き換えに乙女としてのか弱さを失った。  やがて十歳になると、たまに市中に買い物におりていくことを許されるようになり、そして、気付いた。    大抵の人々は決まったところに定住して、友達や家族と平和に暮らしていると。  誰も、警吏に追われたりしていない。  ようやく秋玲は知った。  ――――つまり、自分達は“悪いことをしているひと“なのだと。  『ねえ母さん、私、こんな生活イヤだよ。普通に暮らしたい。どこかで、静かに、逃げ回らずに』  ある夜、意を決して母に打ち明けると、母はコロコロと楽しそうに笑ってこう言った。 『あら、そうなの?大人になったわねえ』 『········真剣だよ? 私』 『ふふふ、良いわよ。好きにしなさい。出ていくなりなんなり。でもパパには内緒よ。絶対怒るから―――あと、二十になってからね』 『いいの?!』  意外にも、母はあっさりと家族を捨てることを許した。  その時も確か、何か妙に尖った武器のようなものを磨ぎながら、笑っていた。    母が一体何を考えているのか。  秋玲はいまだに理解できたためしがない。  それからというもの、秋玲は忠実に母の約束を守って、二十になるのをひたすら待った。  そして、ついに先月迎えた誕生日。  秋玲は青い空に拳を掲げて高らかに宣言した。 『よし、まともに生きよう。今日この瞬間から』  そして、さらにそれから数日が経ち。  場所は変わって、彼女の生まれた楊州から遠く離れた王都光安。 「ねぇ、この国の男たちって、なんでこんなに根性無しばっかりなわけ」  げっそりとやつれた顔つきで安宿に向かいながら、秋玲は隣を歩く幼馴染み兼お目付け役に恨み節を並べていた。  二十歳と十二日。  『振り回され上手』の呼び声高い青年、高文君(こう·ぶんくん)は静かに言葉を返す。 「あの、冷静に考えて、姐さんの計画のほうがヤバいんだと思うけど···」 「は!? 何言ってんの。私は今度こそ真っ当な、白米のように真っ白な人生を送るのよ!そのためには手段なんか選んでらんないの!馬鹿なの?」 「···や、でもさすがになりふりかまわなさすぎ、というか····。もうそろそろ諦めて楊州に戻ってもいいんじゃ」  言いかけた文君の胸元がガッと勢いよく捕まれる。  相変わらず、容赦ない瞬発力と暴力。  彼女の華奢な佇まいとは一切相容れない。 「····ぐっ、エサとられた猿··―、」 「私はやるの。いい?もう今しか人生を変えるチャンスは無いのよ。せっかく王都まで出てきたの。行けるとこまでいくんだから、邪魔しないで」   秋玲は文君に構うこともなく、ぎらぎらとした目でそう言った。  完全に健全なそれではない。 「明日こそ、明日こそ、か弱い乙女を助けてくれる金持ちがあらわれるわ···!私は、絶対にその人を口説き落として、もしくは弱味でも握って、人生をやり直すの···!」  その考え方がすでに常人の思考ではないことになぜ気づかないのか。    だが、この女は一度言い出したら絶対に言うことをきかない。  これからの生活を思い浮かべて、文君は、気が遠くなるのを感じた。 「そう言いながら、もう二十人くらい失敗してるじゃないですか···」 「それぐらいは想定内なの!」 「そのうち仕込んだゴロツキじゃなくて、本物のゴロツキに犯されますよ」 「それを防ぐためにあんたがいるんでしょーが!」  その語気の荒さから、この状態がまだまだ終わらないことを理解して、文君は遠い目になった。 「···もう、ほんとに犯されてください。いいかげん貰い手が来てくれないと、僕の寿命が」 「なに? 私に逆らったら、キンタマ蹴りあげるわよ」 「すみませんもう何も言いません」  秋玲はまさに、『育ちの悪さとはなんぞや』ということの分かりやすい見本だ。  気は強いし、向こう見ず。  あらゆる非合法な手口に通じ、嘘をつくのもお手のもの。  そして、不利な条件になればなるほど燃え上がるその性格は、まさに悪党になるべくして生まれて来たようなものだった。 「何。その不服そうなお顔は?」  それなのに、そんな彼女のくせ、「真っ当に生きたい」なんて意味不明なことを言い出すのだから、手に終えない。 「····仮に金持ちの男がいい感じにひっかかってくれて、うまく屋敷に連れ帰ってくれたとするでしょう。そこからどうするんです? 色々切り抜けないといけないことが多すぎますよ。僕だってどこまで面倒見きれるか分かりません」  すると秋玲は、文君の襟元から手を離した。  そして、にこっと笑って見せながら、乱れた文君の襟をそっと整える。 「あなたは、私の命令に従ってればいいの」 「············」 「あなたは私の下僕。そうでしょう?」  そのまま、その白くて細い指が、丁寧な三つ編みにしている金髪に触れてきて。    秋玲の目は真っ直ぐ、文君のそれを覗きこんでいる。  案の定、言葉に詰まった。  とどのつまり、秋玲は美人で。  そして、自分の価値を十分すぎるほどに分かっている。  文君だって、この笑顔には逆らえないということを承知の上で、手のひらで転がされているのだ。 「····分かりました」  そんなこんなで、文君はしぶしぶうなずくしかなかった。  やがて宿の前についた二人は、この不埒な作戦に参加する同志として、視線を交わす。 「じゃあ、明日こそ、素敵なお金持ちがあらわれることを祈りましょう。それじゃ文君、おやすみなさい」 「····。おやすみなさい」  きちんと寝る前の挨拶をして去るところだけは、小さい頃から変わらない。  文君は誰にも見えないところでひそかに嘆息すると、やがてその場から立ち去った。  そして三日後。  ついにあらわれた救世主となるお金持ち、――すなわち杜柳真――と共に秋玲がしおしおと去っていく姿を見ながら、文君は近くの木の上からじっとりとした視線を送っている。   「何がおっけー、ですか」  去り際、誰にも見えないように、はしゃいだサインをこっそり送ってきた秋玲の大胆さには、呆れ返る。 「杜柳真ねぇ····」  文君は記憶を辿る。  そして、しばしの沈黙。 「····とりあえず追うしかないよなぁ」  やがて、そう独り言ちた文君は、一瞬にして姿を消した。    
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