◆三.世界は見る人の心の状況によって変わる

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◆三.世界は見る人の心の状況によって変わる

◆世界は見る人の心の状況によって変わる  唐突だが、『あるクリスマス・イブの夜』を想像してみてほしい。  ちなみに念のため言っておくと、宗教的に大きな意味はなく、私も含めたごく一般的な日本人における意味合いでのクリスマス・イブだ。  実家にお仏壇と神棚があって、キリスト教徒でもないのにクリスマスには家族でデコレーションされたケーキと、いつもよりもちょっと良い鶏肉を食べ、恋人たちはいつもよりもちょっと特別で豪華なデートをし、友達同士はカラオケの大部屋に大集合してプレゼント交換したりした、いたって平和で、ごく軽い感じのあのクリスマス・イブの夜だ。  あなたはイルミネーションの美しく輝く、人通りの賑やかな並木道の歩道を歩いている。  華やいだ街に多くの人は浮かれ、自撮りや記念撮影で立ち止まる人も多い。  そしてあなたの目の前には、心から愛し合って幸せそうなカップルが歩いている。 【パターン1:あなたもラブラブなカップルだった場合】  ゆっくりと談笑しながら目の前を歩くカップルを見て、あなたも微笑みを浮かべ、自分の隣を歩く最愛の人の手をそっと握りしめる。そしてこう思う。 「まるで世界中の時間がゆっくりになったみたい。  いっそこのまま、時が止まってくれたら良いのに」 【パターン2:キャリアがかかった重要な仕事に追われている場合】  あなたの仕事は某有名ブランドの日本支店のショーウィンドウを飾る事だ。  ところが部下の発注ミスで、狙った感じのイルミネーションとはやや違うものになってしまった。何とか東急ハンズで代わりになりそうな電飾を物色して、両手に大荷物を抱えたあなたは、一秒でも早く現場に戻らねばならない。  しかも明日は本社から自分も憧れるデザイナー本人が視察に来る。  今から徹夜で直して、ギリギリなんとか間に合うかどうかなのに……。 「ちんたら歩いてんじゃねーよ、腕組んで道幅いっぱいに広がって歩かなきゃお前ら死ぬのか? そういう体質なのか? ああ!? こっちは今後の人生かかってんだよ、どけよこのクソバカカップルが!!!!」  あなたは、けっして口には出してはいけない事を心の中で叫んだ。 【パターン3:目の前のカップルが、どうやら婚約中の自分の恋人と、自分の親友らしい】  あなたは明日のクリスマス当日に、恋人とのお家デートの約束がある。  そのための買い物に街に出たのだが、前を歩くカップルの後ろ姿に見覚えがある事にふと気が付いた。どうやら、自分の恋人と、自分の親友の二人であるらしい。  声をかけようと近寄ったが、良く見れば腕を組んで、ずいぶんベッタリと顔を寄せ合って笑いあっている。  他人のそら似かもしれないしと、そっと近づいて様子を覗った。  どうやら二人が話している内容は、あなたがいかに良いカモで、二人の関係にも気が付かないまま、恋人に尽くして貢いでくれている、都合の良い存在かという事らしい。  あなたと恋人が結婚しても、二人の関係は続けていこうね、とウキウキのご様子。  あなたは買い物袋をきつく握りしめながら考える。 「ああ、スノードームなんて自分の部屋に合わないと思って買わなかったけれど、買っておけば良かった。なんなら二つ。そうすれば今、こいつらの後頭部に叩きつけられるのに」 【パターン4:実は前からこの二人、怪しいと思ってた】  いやいや、ここで暴力沙汰にしたら自分だけが犯罪者だ。  ここは冷静に証拠を残そう。  あなたはそっとフードをかぶり、何気なくイルミネーションを撮影するようなふりで、前を歩く二人の動画をスマホで撮影する。もちろん音声もしっかりと。  どこかに拡散して社会的制裁を加えるか、二人に慰謝料を請求するか、それとも……。  とにかくあなたは心の中で神様に感謝する。 「クリスマスの奇跡って本当に存在するんですね神様! ずっと押さえられなかった証拠を今押さえました!! メリークリスマス!」  以上、『目の前を心から愛し合って幸せそうなカップルが歩いている』という現象は同じでも、本人の状況や心次第で『現実』は変わる、という極端な例をあげてみた。  言うまでもないが、どんな怒りにかられたとしても、本当にスノードームをぶつけてはいけない。  ちなみに結婚前提などではない、いわゆる普通に交際しているだけの恋人同士では慰謝料の請求はできないらしいが、婚約中、もしくは事実婚状態の場合は、請求できる場合もあるそうだ。  さてこれらの例をあげてみて何が言いたいのかというと、物事の受け取り方や考え方次第で、人生で起こっている状況の意味は変えられる、という事だ。  そもそも自死を考える人の性格として、基本的には真面目で善悪の判断もはっきりとしていて、誰よりも自分に厳しい人が多いのではないかと思う。だからこそ、物事の悪い面や一時的に上手くいっていない事柄を、ほとんど全て自分の責任として考えてしまう傾向があるのではないかと思う。  だからこそ、『自分を否定しない考え方』の癖をつけてみてほしいのだ。  他人に優しくすることは簡単でも、自分を責め続けて生きてきた人にとっては、これは意外と難しい。だが自分に優しくすることは、さらにこの世界にも優しくできる考え方の第一歩なのだ。  それでは改めて、上記の1~4のパターンについても、逆に言えばこんな現実にもなってしまうし、こんな現実として受け止めることもできるという可能性を考えてみよう。 【パターン1:あなたもラブラブなカップルだった場合】  幸せな気分だったあなたに、後ろから体当たりして追い越していく人がいた。  ぶつかってきたのはその人なのに、さらに舌打ちして 「ちんたら歩いてんじゃねーよ、腕組んで道幅いっぱいに広がって歩かなきゃお前ら死ぬのか? そういう体質なのか? ああ!? こっちは今後の人生かかってんだよ、どけよこのクソバカカップルが!!!!」  と、早口かつ聞こえるか聞こえないかの小声で言って足早に去っていった。  この日の素敵な思い出はこの部分があることによって、思い出すたびにイラつくものに変更されてしまった。自分も悪かったかもしれないが、そこまで言われるほどの事だろうか。  一言声をかけてくれたらすぐに脇にそれたのに。そっちが死ねよ。 【パターン2:キャリアがかかった重要な仕事に追われている場合】  体当たりしてでも前のカップルを追い抜かしていこうかという考えがよぎったあなただったが、ふとそんな自分の苛立った表情が映ったショーウィンドウに目を止める。  そもそも、何で自分はこの仕事を選んだんだっけ。  街ゆく人たちが、自分が作り上げたショーウィンドウのディスプレイを見て、少しでも幸せな気分になって欲しいから、この仕事を始めたんじゃなかったっけ。これじゃ本末転倒だ。  あなたは心を改め、それに気づかせてくれたカップルに感謝さえしはじめた。 【パターン3:目の前のカップルが、どうやら婚約中の自分の恋人と、自分の親友らしい】  いつもそう。馬鹿にされて良いように使われて。  結局自分は誰からも本当に愛されるわけがないんだな。  もういい、疲れた。  明日、あいつが訪ねてきたら発見するのは私の死体だろう。  人生の最後、あの二人に一生忘れられない復讐をしてやる。 【パターン4:実は前からこの二人、怪しいと思ってた】  まあ何だ。結婚する前に相手がド腐れのド屑だって事が判って返ってラッキーだったかも。  こんな奴と籍を入れる前に、気が付けて良かった。親友だと思ってたのはこっちだけだし。  いつでも社会的に抹殺できそうな証拠も録画できたし、苦しんで地獄を味わうべきなのは私ではなく、お前らだ。  以上、もし今までの自分だったら、これらの事実に対してどう反応していたか、これからどういう考え方をすれば、自分の人生にとってなるべく優しく、悲劇的に思いつめないようになるのかの参考になれば幸いである。
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