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昨夜の名残
近年の異常気象のせいか、午前中にも関わらず、夏の熱気が篭ったアパートのリビングにて、起きたばかりの僕は朝ご飯の支度をしていた。先程エアコンをつけたばかりだから、部屋の熱気が冷めるには、少しばかり時間がかかるだろう。
「あっつい〜!」
僕が作業をしていると、うんざりとした呻き声をあげながら、姉がリビングへとやって来た。そのままよろよろと、リビングの椅子へと腰掛ける。僕は支度がひと段落ついたところで、夏バテ気味な姉に冷たいオレンジジュースの入ったグラスを持って行った。
「ありがとう」
姉は僕が差し出したグラスを受け取り、礼を言ってからグラスを一気に煽る。
「あ〜、生き返る〜!」
まるでビールを一気飲みしたサラリーマンのような台詞に、台所に戻った僕は笑い声をあげた。
「笑いごとじゃないよ、まったく」
水分補給をして少し持ち直したのか、空になったグラスを持って、姉が台所へとやってくる。そして冷蔵庫を開け、またオレンジジュースをグラスへと注ぎ始めた。
「だって、父さんがビールを飲んだ時と同じ反応だから、面白くて」
フライパンで卵とベーコンを焼きながら、僕は釈明を試みる。最も、姉が本気で怒っている訳ではないと分かってはいるのだが。一種のコミュニケーションである。
「まあ、良いけどさ。あんたは朝から偉いねぇ。それ自分の分?」
二杯目のオレンジジュースを飲み終わり、グラスを流しへと置いた姉は僕の両肩を掴んで、背後からフライパンを覗き込む。
「食べられそうなら姉さんの分も作るけど、どうする?」
「お、やった!じゃあ、お願いしまーす」
僕の提案に乗っかった姉は、そう言ってリビングへと戻ろうとしたが、
「あ、そうだ」
唐突に立ち止まったかと思うと、何だろうと姉の方へ顔を向けた僕に近付いてきて、
「首の鬱血痕、絆創膏した方が良いんじゃない?」
と耳元で囁いた。一瞬後、意味を理解した僕は、片手で首を押さえて真っ赤になる。そんな僕を見て、姉はにやにやと笑った。
「いや〜、いっつも家にいるから、ちゃんと青春してんのかなとか思ってたけど、中々やるねぇ!」
「……絆創膏、してくる」
コンロの火を止め、首筋を押さえたまま、僕は洗面台へと向かう。
「貼ってあげようか?」
「遠慮します!」
軽口をたたく姉にそう叫んで、洗面台へと駆けていく。
「あ、私スクランブルエッグねー」
台所から逃走した僕の後ろから、そんな姉の呑気な声がきこえてきた。
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