彼が求める『ひんやり』は

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 単なるクラスメートの1人だった松井くんは、その日を境に変化した。 「わー、みみりんの手、ひんやりだね」  初夏にも関わらず、40度を超えた真夏日。教室の冷房はエコ対策のため27度設定となっていて、まったく涼しさを感じない。  湿度が高く、じっとしているだけで汗がねっとりと制服に張り付き、気怠さが増す午後。長い昼休みにも関わらず、ほとんどの生徒が暑さを逃れて教室で過ごしていた。  そんな中、遅刻してきて私の前の席に座ろうとした松井くんの手が、本を読んでいた私の手に偶然触れてしまったのだ。  本の世界から現実へと呼び戻す声に顔を上げると、背の高い松井くんの影に覆われた。柔らかそうなダークブラウンの猫っ毛は、汗でキラキラと輝いている。くっきりとした二重でありながらも涼しげな目元、女子が羨むぐらい長い睫毛、シャープな輪郭はアイドル並みの容姿だ。  2つ外されたボタンから胸元が覗き、ピタッと張り付いたシャツは彼の体格の良さを如実に映し出している。  だが、モテ要素を兼ね備えてるかに見える松井くんは、クラスの女子から『残念王子』と呼ばれている。遅刻は当たり前。授業をサボって保健室で寝てることもある。無気力でテキトーで忘れっぽくていい加減。成績はいつも赤点ギリギリ。  私は、彼が寝てるとこか食べてるとこかボーッとしてるとこしか見たことがない。
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