彼が求める『ひんやり』は

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「あの……松井くん。チャイムが鳴りましたよ」  今日も今日とて、松井くんは私の手で涼をとる。もうクラスメートたちもこの光景に慣れ、囃し立てる人は誰もいない。  ただ……私のみが、この異様な雰囲気に呑まれないよう、心を無にする修行に励んでいる。  意識しちゃだめ。松井くんが握っているのは、人間の形をしたヒヤロン、つまり私。私はヒヤロン。私には心なんてない。  そう、無になるのよ……  いつからか、こうしていないと手が熱くなるようになってしまったのだ。  人間とは、なんて弱い生き物なんだろう。私に禅の道はほど遠い。  無どころか、次々に煩悩が湧いてくる。昨日お母さんから勧められて餃子なんか食べるんじゃなかったとか、松井くんの汗に混じったいい匂いの正体はなんだろうとか、俯いたら鼻に髪の毛がかかって痒いから思いっきり掻きたいけど、今は我慢しないとだめとか。そんなことを考えてたら、手汗まで出てきそうだ。  松井くんが、お釈迦様に見えてくる。彼には煩悩はないのだろうか。どうしてそんなに女子の手を平然と触っていられるのだろう。それとも、慣れているからなのか。  松井くんの手がスッと離れた。 「みみりん、今日もあんがとー。なんか頭スッキリしてきたー」 「そ、それは良かったです」  私は逆に、頭がボーッとしてきました。  
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