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シー・ラブズ・ユー? ⑾
「やあ、また会ったな」
俺は小柄なほうの人影―――彩音に声をかけた。次の瞬間、彩音は硬直したように動きを止め、振り返った。
「あんた……さっきライブにいた」
「そうだ。君のお目付け役を頼まれて来たんだ」
俺はポケットに手を滑り込ませた。実は同僚から彩音を見つけたら渡してくれと頼まれたものがあったのだ。それは、喘息の薬だった。彩音は喘息の発作を持っていたのだ。
「おっと、そこまでだ」
いきなり、どすの効いた声が背後から浴びせられた。俺は思わずポケットから手を出し、振り返った。二つの人影が射すくめるような目でこちらを見ていた。
「なんですか?」
俺は問いを放った。一人はドレッド・ヘアでレインボーカラーのアロハをまとっていた。もう一人は異様に背が高く、巨大なアフロヘアにレイバーンのサングラス、口ひげを蓄えていた。クラブだからどのようないでたちの人間がいてもおかしくはないが、身長の極端な差と言い巨漢のファッションの古さといい、人目を惹くには十分すぎる風体だった。
「現場を押さえたってことだよ。脱法ハーブ密売のな」
「脱法ハーブだって?」
俺は思わず声を上げていた。クラブに怪しい密売人が出入りするのは珍しいことではないが、これはとんでもないいいがかりだった。
「そう。ここが女子高生に薬を売る売人たちのたまり場だっていう噂は以前からあったんだがね。常連の身元を洗ってもそれらしい証拠が出てこなくて困ってたんだ」
そういうと、ドレッドヘアがポケットから何かを取り出した。警察手帳だった。
「よしてくれ。ドラッグどころか風邪薬だってもってやしない。俺は人を探しに来たんだ」
言ってからしまったと思った。風邪薬はないが、喘息の薬がある。見つけ出されてあれこれ問いただされたら厄介だ。
「ほおーう、人を探しにね。……お嬢さんたち、このお兄さんはご家族か何かかい」
ドレッドヘアが彩音に問いを振った。予想通り、険しい表情のまま、彩音は頭を振った。
「……だとさ。じゃあ、学校の先生か何かかな?」
俺は正直に言う事にした。ただし「親御さんから頼まれた」などといういかにも作り話っぽい答えを、この旦那たちが信じるかどうかは甚だ疑問だった。
「俺は……」
口を開きかけた俺の背後で、フロアを蹴る音が響き渡った。
「あっ!……畜生、逃がさんぞ!」
ドレッドヘアが俺を突き飛ばすようにして飛び出した。俺はドレッドの背中を目で追った。目線の先に、人波を押し退けて非常口の方へと移動する二人の姿があった。
「トム!そいつの身柄を確保しておけ。絶対に逃がすんじゃないぞ!」
ドレッドヘアが肩越しに言い放った。次の瞬間、俺の腕がまたしても万力のような力で拘束された。見上げると、アフロの巨漢が口元から白い歯をのぞかせて俺を見ていた。
「あいにくと、ここから出すわけにはいかないな。これも職務なんでね」
トムと呼ばれた巨漢は嬉しそうにそう言うと、俺の身体を自分の方に引き寄せた。
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