シー・ラブズ・ユー? ⑿

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シー・ラブズ・ユー? ⑿

「どうするつもりだ。あのドレッド・ヘアが戻ってくるまでここにいろってのかい」 「まあ、そうだな。……もっとも、お前さんがちょっとでもむずがったりしたら、俺の一存でパトカーまでご同行願う事になるが」  俺が観念したと思ったのか、巨漢は急に鷹揚な口調になった。 「勘弁してくれよ……ここをどこだと思ってるんだ」  俺は腕をつかまれながら、同時にゾンビ特有のアンテナで建物の周囲を探った。こういった繁華街には、必ず心強い味方がいるものだ。特に、飲食店の周囲には。 「どこって、クラブだろう。クラブに警官がいちゃまずいのか。お前たち犯罪者には寛容でも、警察には冷たいってのは差別じゃないのか」  気の利いた冗談だとでも思ったのか、巨漢はさもおかしそうに言い放った。俺はさらにアンテナを張り巡らせた。トイレ、ごみ箱……いいぞ、満員御礼だ。 「そうじゃない。ここは踊る場所だ。こんな風に拘束されていいはずがない」 「ふん、捕縛された立場でよくそんな口が利けるな。お前は王様か何かか?」  ……よし、来い。ここに集まって来い。俺は手首からそれとわからぬようにある物質を分泌した。ゾンビの必殺技の一つと言ってもいい。分泌物は巨漢の毛穴から体内に入り込み、瞬く間に奴自身の体臭と混じりあうはずだ。俺の身じろぎを反抗と取ったのか、巨漢は俺に向けて歯茎をむき出した。そのまま睨み合っていると、ふいに店内がざわつき始めた。どこからともなく低いうなりのような音が聞こえてきたからだ。 「な、なんだこの音は」  巨漢は俺から視線を外し、周囲を見回した。俺の視線は、天井近くのダクトを捉えていた。いら立ち紛れに舌打ちを繰り返す巨漢に向かって俺は言い放った。 「王か……そうだな、そういえば王様かもしれないな」  巨漢が俺を睨み付けた。次の瞬間、ダクトから真黒な塊が煙のように店内に溢れ出した。 「王は王でも、蠅の王だがな!」  黒い塊は、まるで巨大な黒いアメーバのように形を変えながら空中を泳いだ。塊が蠅の群れだと気づいた利用客が悲鳴を上げながら逃げまどい始めた。やがて塊の動きを追っていた巨漢の目線が、自分の胸元で止まった。 「な……なんだ、おい。なんだって、俺の周りに集まってくるんだ」  ふいに俺の腕をつかんでいた力が弱まった。俺は反動をつけて巨漢から離れると、踵を返した。背後から巨漢の怯えきった声が追いかけてきた。 「や、やめろ、誰か助けてくれえっ」  ぶうんという不吉な羽音の重なりがフロア全体を揺さぶった。俺はためらうことなく非常口をめざした。怯えきった客の間をすり抜け、店の奥から従業員通路に飛び出すと、階段へと続く暗がりの中に二人の臭跡が細長く伸びているのがわかった。  階段を上がって地上に出ると、俺は窮地を救ってくれた友たちに向かって語りかけた。  よし、もういいぞ。そいつは食糧じゃない。だましてすまなかった。  俺は腐った段ボールで埋め尽くされた裏路地を、ゴミをかき分けながら進んだ。表通りに出ると、二人の臭跡は左手に折れ、そこからネオンの連なる雑踏の奥へと伸びていた。
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