シー・ラブズ・ユー? ⒀

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シー・ラブズ・ユー? ⒀

 他の臭いと混同しないよう、注意しながら進んでゆくと、交差点を三つほど超えたところでふいに臭跡が二手に分かれた。  別々に逃げたのか?  俺は立ち止まり、左手の路地を見た。臭跡の一つが暗い路地の奥に吸い込まれていたからだ。もう一本はそれまでと同じようにまっすぐ、前方に向かって伸びている。  こっちに行ってみるか。  俺は体の向きを変え、路地に足を踏み入れた。雑居ビルの間の、私道と言っていいような狭い空間だった。ゴミ箱や台車、乱雑に積まれたビールケースの間を縫って進むと、いきなり目の前にうずくまっている人影が現れた。どうやら咳き込んでいるらしかった。 「君は……」  俺の短い呼びかけに、人影が頭を巡らせた。彩音だった。付け髭が取れ、結い上げていた髪がほどけて肩に落ちていた。 「稲本彩音さんだね」  彩音は逃げ出すそぶりを見せず、俺を睨めつけたままうなずいた。 「あんた……誰」 「俺は泉下という者だ。あんたの母親にたのまれて、探しに来た」 「どういうこと?別に連れ戻されるようなことした覚えがないんだけど」  彩音が咳き込みながら言った。俺はうなずいた。確かに今の所、夜遊びといえるような行動は取られていない。そうなってからでは遅いのだ。 「何もしていなくても、危険なところに出入りしているだけで親は心配する」 「何が危険かなんて、わかるもんか。そんなに……子供が……信用できないかな」  彩音が言葉を継ごうとするたびに、咳が容赦なく邪魔をした。 「そうだな、こいつを忘れずに持っていくくらいしっかりしていれば、親御さんも他人に探しに行かせたりはしなかったかもな」  俺はポケットから喘息の薬を取り出した。彩音をそれを見て、目を丸くした。 「もしかしてあんた、わざわざそれを届けに来たの?」 「そうだ。ライブ中に発作が起きたら困るだろう」  彩音は黙り込んだ。演奏中に発作に見舞われる場面を想像したのだろう。 「で?そいつを受け取ったらおとなしく……帰ってくれるの?それとも……私を連れて帰らないと契約不成立?」 「さて、どうしようかな。とりあえず、この薬を飲んでくれたら考えるよ」  俺は彩音に向かって薬の入ったケースを差し出した。彩音は素直に受け取ると、ふたを開けて中身を確かめた。 「水が欲しいんだけど」  彩音がか細い声で要求した。俺が「ミネラルウォーターでいいか?」と訊くと、彩音はこくりと頷いた。 「待ってろ。コンビニで買ってきてやる」  俺は彩音に背を向けると、表通りに引き返した。たしか次の交差点の手前にコンビニがあったはずだ。俺は速足でコンビニに向かうと、適当な飲料水を購入して路地に引き返した。彩音のいたあたりまで進んだところで、俺は異変に気づいた。
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