シー・ラブズ・ユー? ⒁

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シー・ラブズ・ユー? ⒁

 彩音。どこへ行った?  彩音の姿が、かき消すように消えていた。同時に、俺の脳裏にある映像が浮かんだ。彩音に薬を手渡すとき、腰のあたりにピンクの筒が見えたのだ。  ペットボトルホルダー。  ……畜生、一杯食わせやがったな。俺は地団太を踏んだ。いつでも薬を飲める状態でありながら、薬を受け取った時点で彼女はあえて、俺を遠ざけるためにわざわざコンビニまで飲料水を買いに行かせたのだった。  俺は再び彩音の臭跡を追い始めた。表通りに出てすぐ、ガードレールの所で彩音の臭跡はぷつりと途絶えていた。こうなったら万事休すだ。  タクシーを拾ったのか。……やれやれ、たのむからおとなしく家に帰ってくれよ。  俺は彩音を追う事を潔く諦めた。と、にわかにもう一人の少女の行方が気になりだした。俺は路地を引き返し、反対側の表通りに舞い戻った。運よく、もう一人の少女の臭跡はまだかすかに残っていた。  俺はもう一つの臭跡を追って駆け出した。彼女の臭跡の上にかぶさるように野生動物を思わせる臭跡が残っていた。間違いなく、あのドレッドヘアの臭いだった。おそらく彼女が彩音を逃がすためにおとりになったのに違いない。  子供が、小賢しいことをしやがって。  俺は臭跡を追って、路地から路地へと駆けた。不思議なことに、どうか捕まっていませんようになどと俺らしくもない願掛けまでしていた。気が付くとネオンが途切れ、俺は暗い袋小路に入り込んでいた。  この先だ。間違いない。  十メートルほど先に、緊張した二人の臭いを感じた。歩を進めてゆくとやがて、向き合った二つの人影が俺の前に現れた。しもた屋のシャッターを背にした少女と、いまにも手錠をかけかねないドレッド・ヘアが俺のすぐ前方にいた。 「ずいぶん、走らせてくれたな。少しはこっちの年齢を考えてくれよ」  ドレッド・ヘアが手をつきだし、少女の肩をつかもうとした。と、背中に回されていた少女の手がすっと身体の前に出た。その手に握られている物を見て、俺は叫んだ。 「やめろ。そんな物を使っちゃいけない」  二人の顔が同時にこちらを向いた。次の瞬間、少女が俺の方に向かって駆け出した。 「逃がすか!」  ドレッド・ヘアが叫んだ。次の瞬間、少女は手にした物体を追手に向けて突き出した。 「うわっ」  赤い光が放たれ、ドレッド・ヘアが呻いて顔を覆った。少女が手にしていたのはレーザー・ポインタだった。動きの止まった追手を振り切るように、少女は俺の隣をすり抜けると、あっという間に闇の中に姿を消した。 「畜生、ふざけやがって」  暗がりの中に、怒声がこだました。俺は踵を返し、袋小路を飛び出した。直後に、数メートル先の歩道で少女がタクシーを呼び止めているのが見えた。これ以上追っても仕方がない。俺はひとまず安堵すると、人通りの多そうな区画に向かって全速力で駆け出した。
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