シー・ラブズ・ユー? ⒂

1/1
前へ
/179ページ
次へ

シー・ラブズ・ユー? ⒂

「ロストフューチャー?ああ、聞いたことあるよ。若い子のパンクバンドだろ」  大納言パフェを満足げに平らげながら白崎薫はうなずいた。大納言パフェは「カラオケ歌自慢」の看板スイーツだ。 「この間、知り合いに薦められてライブを聞きに行ったんだけどさ、なかなかいいんだよ。勢いがあって。曲はヴォーカルが書いてるのかな」 「んん……たぶんそうだと思うな。まあ、俺たちみたいなオッサンには、ああいう恋愛系の歌詞はちょっと恥ずかしいけどな。才能はあるんじゃないの」 「基本はパンクだと思うけど、色々やってて、結構、耳を引くんだよな」 「ああ、そうだね。ドラムの奴とちょっと話したことがあるけど、あいつら全員、子供の頃はクラシックやってたんだってさ」 「クラッシック……へえ、どうりで」  なんとなくつっかえていたものが腑に落ちた気がした。バンドを始める以前に、しっかりした音楽の素養があったわけか。 「メンバーと知り合いなのかい、大佐」  俺が尋ねると、薫は次のスイーツに手を伸ばしながら大きくうなずいた。薫は俺が参加しているバンド「リバイバルブート」のドラマーで、肉体労働をやっていたころの同僚だ。 逆三角形の肉体にモヒカン頭というこわもてだが、その中身はスイーツと恋愛映画に目のない乙女系男子だ。ちなみに「大佐」というあだ名は古いSF漫画に登場するキャラクターに似ていることからつけられたらしい。 「キエフ君っていうんだけどさ、ドラマーの彼。偶然、演奏を見て話しかけたら盛り上がっちゃって、連絡先を交換したんだよ」  俺は思わず苦笑した。いかにも社交的でまめな薫らしいエピソードだ。実は俺自身、薫のおせっかいな性格に助けられている。ゾンビになって間もない頃、生活には慣れたものの、過去にも未来にも関心を持てずにいた俺に、一緒に音楽をやらないかと誘いかけてくれたのがこの薫だった。以来、生者の中で唯一、気を許せる友人となっている。 「うちもハードロックにこだわらずにいろいろやってみるか」 「んー、俺は構わないけど……あ、そういえば、この間、リーダーがファンクっぽい曲を作ろうかなって言ってたな。ほら、巡がスラップの練習してるって言った時」 「ああ、あの時か。いや、俺は別にファンクっぽくしたくてスラップをやって見せたわけじゃないんだ。単にテクニックを増やしたかっただけで」 「そうだよねー。いきなりフュージョンバンドになったら辞めちゃうかもな、俺」  薫は三つめのパフェをぱくつきながら言った。お互い、煮詰まってくるとよく誘い合ってカラオケに足を向けるのだが、薫の場合は歌っているより食べている時間の方が長い。 「でもさ、イメチェンは必要かもね。ちょっとキエフ君に相談してみようかな」 「相談?」 「髪の毛、伸ばしたら女の子にもてるかなあって」 「やめたほうがいい。確実にファンが減る」  俺は力強く言った。薫は「そうかなあ」と言ってブラシのような頭を撫で回した。 「で、どうする?ヴォーカルの人とお話してみたいなら、連絡とってあげるよ」  出た、薫のおせっかい攻撃。俺は笑って「それには及ばない」と言った。 「あの人たち毎週、K区の梅ヶ丘公園で練習してるみたいだから、覗きに行ってみたら?」 「そうだな。そうするか。ありがとう、大佐」 「どういたしまして。……そうだ、せっかく来てるんだから、何か歌いなよ、巡」  薫が思い出したように切り出した。俺はリモコンを手に取った。俺たちバンドマンはカラオケに来ると、極力、自分たちでは演奏しないような曲を歌う。  洋楽ロックなんてのはもってのほかだ。歌謡曲、アニメの主題歌など、受けるためには手段を選ばない。 「何いれたの、巡」 「『お化けのロック』。俺はヒロミゴーをやる」  俺は薫にスペアのマイクを差し出した。薫の目が猛禽のように鋭くなった。 「俺は樹木希林か」 「当然だ」 
/179ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加