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シー・ラブズ・ユー? ⒃
携帯電話の小さな画面の中で、銀髪のヴォーカルが激しくシャウトしていた。
うーん、若いなあ。いいなあと俺は電車に揺られながら笑みを漏らした。動画のタイトルは『ライブPV風に撮ってみました』。アマチュアのくせにカメラを三台くらい使ってPV風に撮影している。
ヴォーカルのアップから、ドラムのソロへ。またヴォーカルに戻って、今度はギターソロ。やれ忙しやだ。編集の腕がいいのだろうな。いっぱしのプロの演奏に見えなくもない。
車窓を流れる風景が、住宅地から河川敷へと変わった。橋を渡り、土手を横切って再び住宅の立ち並ぶ風景が流れてゆく。普段乗らない路線に乗るとまるで見知らぬ街を訪れているようだ。
俺が向かっているのは次のC駅。目的地は梅ヶ丘公園だ。『ロストフューチャー』の演奏を聴くため、正確に言うとヴォーカルのユキヤに会うために、土曜の午後という普段なら部屋で寝ている時間帯にこうして電車に乗っている。
車内アナウンスが、俺の降りる駅の停車を告げた。俺はブラウザを閉じ、携帯電話をポケットにしまった。やれやれ、本物を見る前に演奏を堪能しちまった。
電車が速度を緩め始めた。何気なくドアの周辺に目をやった瞬間、俺は斜め前に座っている人物に目を奪われた。それは制服姿の女子高生だった。
制服は音楽科で名をはせている私立高校のものだ。そしてまっすぐな黒髪を後ろで結い上げているのはまぎれもなく、彩音と一緒にいたパンク・ファッションの女の子だった。
俺は気配を殺して女子高生に近づいた。俺に気づいたのか、女子高生が読んでいた本から顔を上げた。俺の視線と女子高生のそれとが一瞬、空中で交差した。次の瞬間、女子高生の表情が険しくなった。やばい。気づかれたか。女子高生のいでたちはあの晩とは似ても似つかない清楚なものだったが、俺はと言えば夜も昼もほとんど同じ格好だ。
「次はC駅ー、C駅です」
アナウンスが流れるのと同時に、女子高生が立ち上がった。俺は慌てて、女子高生の前に移動し、結果として正面に立ちはだかる形となった。
「なにか御用ですか」
女子高生は昂然と顔を上げ、俺を見据えた。ここで気おされてはいけない。
「また会ったね。学校じゃパンクの授業はないってことがわかった」
俺はしれっとして言い放った。女子高生の顔が軽蔑と憎悪に染まった。
「何をおっしゃってるのか、わかりません。降りるので、よけてもらえますか」
まともに取り合わず、俺の傍らを強引にすり抜けようとする横顔に、俺は囁いた。
「レーザーポインタはやめた方がいい。下手をすると傷害の現行犯で捕まるぞ」
女子高生の動きがぴたりと止まり、次の瞬間、殺意すら感じさせる鋭い視線を俺に投げかけてきた。
「…………」
女子高生の視線と俺のそれとがしばし、空中で絡み合った。やがて、女子高生はあきらめたように視線を外すと苦々しげな表情のまま、無言でドアの前に移動した。
なかなかいい度胸だな。俺は愉快になった。電車が駅に到着すると、女子高生は足早にホームに降りた。俺はあえて後を追うことはせず、ゆっくりと電車を降りた。
駅舎の入り口あたりで、女子高生が立ち止まるのが見えた。ガラス戸の向こう側で彼女に向かって手を振っているのは、同じくらいの年恰好の女の子だった。
女の子は稲本彩音だった。俺は、ははあと思った。あの子たちもライブを見に来たのだ。
俺はのんびりと歩き出した。少女たちの姿はたちまち見失ったが、どうということはない。どうせ会場で会うのだ。彩音と話してみたい気持ちもあったが、今日は目的が違う。
十五分ほどかけて梅が丘公園に到着した。河川敷を整備して作った、割と大きな公園だった。ライブスペースはコンクリートの広場だった。席らしいものはなく、一部が高くなっているだけの何もない空間だ。
俺が到着すると、すでにギターとベースが練習を始めていた。ユキヤの姿はまだ見受けられなかった。
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