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シー・ラブズ・ユー? ⒄
あの子たちはどこかな。
ぱらぱらと集まり始めたファンの中に、彩音たちの姿はなかった。ライブとはいっても練習を兼ねたセッションのような物らしい。好きな時に出入りするということなのだろう。
俺は本番が始まる前にと、ステージに歩み寄った。ギターの青年が俺に気づき、チューニングをする手を止めた。
「こんにちは」
「ああ、どうも。……ええと、どちら様?」
音楽関係者とでも思ったらしい。慇懃な態度の裏に警戒心が覗いていた。
「稲本彩音の身内なんですが……ユキヤさんはまだ、いらしてませんか」
「彩音ちゃんの?」
俺の堂々たる嘘に、ギターの青年は目を瞬いた。父親にしては若すぎると思ったのだろう。どうせばれるのだ。俺は身内になりきることにした。
「叔父です。最近、彩音から『ロスト・フューチャー』っていうバンドが格好いいと聞かされていて、私もちょっとベースをやるものですから、一度見てみたいと思いまして」
「ベース、やってるんですか?」
話を聞きつけて、ベースの青年も近寄ってきた。よし、まずまず期待通りの展開だ。
「今日は一種のストリートですから、そんな本格的にはやらないっすよ。たぶん」
ギターの青年はそういうとサングラスを外した。両端の下がった細い目が現れ、急に顔立ちが柔和なものになった。
「しかもドラムが間に合わないと来てる。ドラム無しのパンクってどうなのよって感じ」
ベースの青年がおどけたように言った。どうやら気さくな人たちのようだ。
「ヴォーカルのユキヤさんは?」
俺は再度、ユキヤの名を出した。彼に会えないのではわざわざ来た意味がない。
「もうそろそろ来るんじゃないのかあ。……でもあいつはあんまりファンと話、したがらないからな。ユキヤと話したいなら、終わって移動するときに声をかけてもらえませんか」
「まあとりあえず、演奏を楽しんでってくださいよ。あんまし激しい奴はやれないけど」
二人の助言を、俺は受け入れることにした。ステージからやや離れた一角にじかに腰を下ろすと、俺は音合わせの様子をぼんやりと眺めた。背後のざわめきに気づいたのは、それから間もなくだった。「ユキヤ」という黄色い声がそこかしこから聞こえ出した。振り返ると、銀髪の青年が階段を降りてくるところだった。
「じゃ、そろそろやりまーす」
ギターの青年がマイクに向かって言った。あちこちに散らばっていた二十人程度の観客が、ステージ前に集まりだした。気が付くと、彩音たちもステージ前の一群に紛れていた。
「どうも。ドラム無しだけど、今日もボチボチ行くので、気楽に聞いてください」
マイクの前に立ったユキヤが言った。この公園は電源があり、多少の音量は許されているらしかった。ベースがリズムを刻み始め、演奏が始まった。
俺はいったん目的を棚上げにし、演奏に聞き入った。
「どうもありがとう!今日はまあ、この辺で。ドラムにはおしおきしときます」
笑いと拍手が起こり、メンバーは黙々と撤収に取り掛かった。ギターとベースはファンと言葉を交わしていたが、ユキヤだけは無言で後片付けに集中していた。
ファンとの交流は苦手だという話が浸透しているのか、ユキや目当てと思われる少女たちがなんとか声をかけてくれないかと遠巻きに見ている様子がいじらしかった。
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