シー・ラブズ・ユー? ⒆

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シー・ラブズ・ユー? ⒆

『R』にユキヤが現れたのは、俺が味の薄いトマトジュースを飲み終えた時だった。 「お疲れ様」と俺が言うと、ユキヤは会釈してコーラをテーブルに置いた。 「なんだか身勝手なお願いで申し訳ない。初対面なのにずうずうしいおじさんだと思っただろう」 「いえ……俺もあなたと話してみたいと思ったから、良かったです」 「俺と?嫌なことを蒸し返されるとは思わなかったの?」 「それは思いましたけど……それ以上に、あなたに聞いてみたいことがあって」 「……というと?」 「かなり昔に、お会いしたことがありますよね。……覚えてませんか?」  俺は虚を突かれ、返答に窮した。ユキヤを見て、記憶を刺激されたことはない。 「実は俺、事故に遭って過去十年分くらいの記憶を無くしているんだ。だから会っているのかもしれないが、正直言ってピンとこない。どこそこでいつ、と言われても思い出せない限りは同じだと思う」  思いがけない答えだったのだろう、ユキヤは目を丸くした。そしてふっと虚無的な表情を見せたかと思うと、大きく息を吐き出した。 「そうでしたか。……それは、ある意味幸せかもしれない。うらやましいです」  俺は考え込んだ。確かにそうかもしれないが、記憶がなければないで辛いこともある。しかし目の前の若者にそう告げたところで、共感を得られるはずもなかった。 「じゃあ、窪沢愛美さんの事件の事は、何一つ覚えていないと?」  俺は頷いた。関係者だったこと自体、ゾンビになった後で知った。事件遍オ興味はその時点から遡る形で始まっている。事件の渦中にいたにもかかわらず、誰かに教えてもらわない限り、自分では今のところ何一つ、思い出すことができないのだ。 「じゃあ、僕が知っている限りの事をお話しましょう。いいですか」 「頼む」 「窪沢愛美さんは事件当時、公立M中学の三年生でした。たまたま顔見知りだった大学生グループ―――実は大学生は一人だけで、後は高校生だったのですが―――誘い出され、主犯格の青年のマンションに行ったところ、監禁されて車で山中に連れていかれました。警察の調べではそこで殺害され、遺棄されたということになっています。……どうです、思い出しましたか?」  俺は俯き、頭を振った。ユキヤが述べた事実は知っていた。が、それは新聞記事などから後で知ったもので、覚えているわけではない。 「当時、僕の兄は高校二年生でした。主犯格の青年は、同級生の兄でした。僕の兄はその同級生とバンド仲間だったんです。主犯格の青年が音楽に詳しかったこともあり、兄は主犯格の兄弟と過ごすことが多くなりました。兄の親友で、やはり音楽仲間のCという少年は主犯格の青年が相当なワルであることを聞きつけ、兄に付き合いをやめるよう助言しました。しかし兄はこの青年にことのほか気に入られており、ズルズルと付き合いを続けていました。  そんなある日、兄と親友は、主犯格兄弟からアパートに来るよう、命じられました。行ってみると二人はおらず、見たことのない少女がいました。やがて兄の携帯電話に電話がかかってきました。電話の主は青年で、知り合いの女の子を二、三日かくまうことにしたので面倒を見てやってほしいとのことでした。兄は正直、面倒なことになったと思ったそうです。  面倒を見ると言っても何をどうしたらよいかわからず、雑談をしていたところ、突然、チャイムが鳴ったそうです。戸口に出てドアスコープで来訪者を視認したところ、若い男性でした。身元を尋ねると、自分は中学の教師だと名乗ったそうです。なんでも担任する生徒がこのマンションにいるとの情報を耳にしたので、確かめに来たとのことでした。ぼくらはあせりました。主犯格の青年からは、誰が来ても絶対、追い返せと言われていたからです。兄はその担任教師に「ここにはいません」と嘘をつきました」 「もしかすると、その担任教師が……」 「たぶんあなただったと思います」  俺は呻いた。俺は被害者の少女を、あと一歩のところで救えなかったのだ。
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