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シー・ラブズ・ユー? ㉒
天井近くに括り付けたスピーカーから、重苦しいギターの音色が流れていた。グランドファンクレイルロードの曲だ。店内BGMにふさわしいとは思えない選曲だが、どうせ来る客などたかが知れている。ここは俺の城なのだ。
俺は作業机に脚を乗せ、雑誌を読んでいた。三十年近くも前の音楽雑誌で、古書店で一年分をまとめて購入した。こうした時間が俺の至福のひとときなのだ。客さえ来なければ、の話だが。
俺が経営するリサイクルショップ『トゥームス』は午後六時から十一時までの間しか営業していない。陳列している商品は主に楽器とOA機器などだ。廃物寸前のガラクタから、好事家が見れば涎を流しそうなレアな楽器まで、品ぞろえは深く狭い。何せ趣味同然の店だ。売り上げに血道を上げるなんて生き急ぐような真似は、およそ俺には似つかわしくない。今夜も数人、訪れるかどうかという濃い客を待ちながら、俺は呑気に店番をしていた。
俺がその客の存在に気づいたのは、演奏と雑誌の記事に身も心も入り込んで、流れているギターソロを思わず口でなぞっていた時だった。気が付くと、俺から棚一つ隔てた距離のところに、一人の少女が立っていたのだ。どうやら音楽に夢中で、出入り口の引き戸が開け閉てされたことに気づかなかったらしい。
少女は俺にとって面識のある人物―――彩音の友人のパンク少女だった。
俺は慌てて作業机から脚を下ろすと、雑誌を床に置いて店主の顔になった。少女はゆっくりと店内を移動した。見ているのは主に、楽器だった。それも変わった形のギターや、趣味で購入したメロトロンなどマニアックなものばかりだった。
バンド少女って柄じゃなさそうだな。俺は胸のうちで首をかしげた。今日のいでたちは、電車の中で見かけたお嬢さん学校の制服の雰囲気に近い。白いブラウスと、膝丈までの紺色のスカート。髪は染めていない。夜分、リサイクルショップを訪れる雰囲気ではない。
もしかすると、あの夜のパンク・ファッションは彩音に合わせるための物だったのかもしれない。どこか不思議そうな表情で中古の楽器に見入っている少女を見て、俺は思った。
無意識に見つめてしまったのか、商品から顔を上げた少女と、だしぬけに目が合った。
「あ……いらっしゃいませ」
少し吊り気味の双眸は黒目が大きく、改めて近くで見ると、なかなかの美少女といえなくもなかった。
「ギター、あるかしら?」
少女はぶっきらぼうに言った。俺はほう、と感心した。一応、楽器をやるらしい。
「そこらへんに、たくさんありますよ」
俺はカウンターの内側から、楽器コーナーを目で示した。少女は大小の中古楽器が並ぶ一角で足を止め、商品を眺め始めた。しばらくすると、いくつかのギターをおそるおそる、触り始めた。その目を見て俺は直感した。この子は楽器の知識がない。少なくともバンドで使用する電気楽器に関しては、手にしたこともないに違いない。
「どんな奴がいいの?ストラトタイプ?」
俺はあえてかまをかけた。少女は一瞬、きょとんとし、それから「え、ええ」と言った。
「アンプは持ってるの?エフェクターは?」
矢継ぎ早に問いを放つと、少女は口を開けてぽかんとした表情を作った。
「とりあえず気に入ったものがあったら、声をかけて」
少女は答える代りに腕組みをした。視線はまるっきり定まっていない。この店を訪れた本当の目的は楽器の購入ではなさそうだ。それにしても、どこでここを知ったのだろう。
「これ……」
顔を上げると、少女がひとつの商品を指で示していた。俺はおや、と思った。
「それがお気に入りですか」
俺は立ち上がると、カウンターの外へ出た。心なしか少女の表情がこわばった。
「綺麗な形だと思ったけど、少し大きいわね」
「ギターをお探しなんですよね」
俺は少女の隣に立った。少女が俺を見上げ、そうだけど、と怪訝そうな表情を浮かべた。
「……これ、六弦ベースですよ」
えっ、と少女が小さく声を上げるのが聞こえた。俺はやはり、と思った。
「まずは楽器の形から覚えましょうか。学校で習ってる物とは違うでしょうから」
少女がきっと俺を見据えた。口元がわなわなと震えていた。
「やっぱり気づいてたのね。私がどこに通ってるか」
俺はまあね、と言った。お嬢さん学校の生徒でもバンドくらいはやるだろう。だが、ギターとベースの区別もつかないとなると、初心者以前の問題だ。
「ライブハウスに入る度胸をつけるために、ああいう格好をしてたんだな」
少女は赤い顔で俺を睨み付けた。背伸びをしたことを指摘されたのが屈辱なのだろう。
「ちょっと古めだが、センスは悪くなかったぜ。少なくとも俺は嫌いじゃない」
笑いかけると少女はほんの一瞬、はにかんだような表情になった。
「彩音が選んでくれたの。こういうのが似合うと思うって」
なるほど、親友の趣味に付き合ったというわけか。そういうデビューもいいだろう。
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