シー・ラブズ・ユー? ㉔

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シー・ラブズ・ユー? ㉔

「私、生原涼歌。あなたは?」 「泉下巡。しがないリサイクル屋だ」 「しがない、なんて言葉、久しぶりに聞いたわ」涼歌はけらけらと笑った。 「それに、泉下なんて、随分、変わった苗字ね。……失礼だけど、亡くなった人みたい」 「ああ、その通りだ。俺はいわば生きている死人……ゾンビみたいなもんだ」  俺が言うと、涼歌は「そういう自虐的なジョーク、いやだな」と顔をしかめた。決して冗談ではないのだが、まあ仕方ない。 「ま、いいか。私も中学時代、イキリョーっていうあだ名だったし。……それじゃ、連絡先、教えてくれる?私も教えるから」  涼歌は携帯電話を取り出した。俺は一瞬、躊躇した。ゾンビは生者の知人が増えることにひどく敏感なのだ。 「どうしたの。まさか、携帯電話持ってないとか?」 「いや、持っているよ。ただ友達が少ないんでね。連絡先の交換になれてないんだ」 「駄目だなあ。商売やってるんでしょ?もっと社交的にならなくちゃ」  涼歌の口調が一転して、上から目線になった。俺は「そうだな」と苦笑した。 「……で、どうするんだ。ギターは買っていくのか?」  俺が仕返しのつもりで言うと、涼歌は一瞬、虚を突かれたような顔になった。 「意外と意地も悪いんだ」  頬を膨らませた表情を見て、俺は少し安堵した。生意気かと思いきや、意外と年相応なところもあるようだ。 「商売熱心と言ってもらいたいな。音楽は嫌いじゃないんだろう?」 「……ピアノだったら、三歳の時からやってるけど」  俺はほう、と声を上げた。確かに彼女の学校は、音楽科が充実していることで有名だ。 「ピアニストを目指してるのかい」俺の問いに、涼歌はかぶりを振った。 「専攻はピアノ科だけど、進学は迷ってる。S音大に行くことは決めてるけど、声楽にも興味があるから」 「どちらにしても、プロの音楽家をめざしてるわけか」  俺は感嘆した。ロックには詳しくなくても、音楽に関しては俺よりはるかに専門家だ。 「でも、彩音にライブに連れていかれて、バンドも格好いいなって思い始めたとこ。両方やれるのは、学生時代くらいでしょ?」 「たしかにな。ようし、それじゃあ、見繕うとするか。予算はどれくらいだ?」  俺が尋ねると、涼歌はある金額を口にした。俺が想像していた額の数倍だった。 「どうしたの?……これじゃあ、買えない?」 「クラシックのチケットが何で高いかわかった気がするよ。出すのはその五分の一にしておけ。その範囲で全部見繕ってやる」 「本当?そんな出費でバンドができるの?」 「ああ。バンドで大事なものは金を積んでも買えない。楽器を選ぶ何倍も難しい作業だ」 「なにそれ?先生?練習場所?」 「……人間関係だ。こればっかりは失敗を重ねないと培えない」  涼歌はああ、と頷いた。 「楽器を揃えて練習したら、次はいい友達を見つけるんだな。フィーリングのあう奴を」
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