シー・ラブズ・ユー?(4)

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シー・ラブズ・ユー?(4)

「おい、兄ちゃん、気分が悪そうだな。大丈夫かい」  男に声をかけられ、俺ははっと我に返った。いかん、また得体のしれないフラッシュバックだ。どうしてこうもこの「事件」に俺は反応してしまうのだろう。 「そんなわけで、単にいかがわしい場所への出入りをやめさせるだけじゃなく、そのヴォーカルとの付き合いにも釘を刺すことを要求されてるってわけだ。まったく気が重いぜ」  男の口調は次第に愚痴めいたものに変わりつつあった。俺は思い切って口を開いた。 「その役目……俺にやらせてもらえませんか」 「兄ちゃんが?……なんでまた、急に」 「いえ……俺もバンドをやってるんで、もしかしたら説得できるんじゃないかなと思って」     男がふむ、と唸った。やがて、窓の向こうからトラックが停まる音が聞こえてきた。 「ちっ、思ったより早く来たな。やれやれ、煙草一本、吸わせちゃあくれねえ」  男は忌々しげに煙草をもみ消すと、立ち上がった。俺は戸口に足を向けつつ、  ―――余計なことを口走ったかな  と、先ほどの尻切れに終わった会話を反芻した。男の後に続いてペラペラのドアをくぐろうとした途端、外から怒号のような声が響いてきた。 「わざとやったんだろう!このうすのろが!」  声の主は、俺の先輩にあたる三十代の従業員だった。ギャンブル好きで、いつも血走った眼をしている剣呑な男だった。 「そんなわけないじゃないですか。それに、ちょっと掠っただけでしょう。作業スペースの近くにバイクを停めるからこんなことになるんです」  間延びした口調で弁明しているのは、先月入ったばかりの若い運転手だった。どうやら、トラックが倉庫に接近しすぎて、年嵩の方が所有するバイクを倒してしまったらしい。 「てめえ、俺に説教する気か」   男の声が更なる怒気をはらみ始めた。何の作業をしていたのか、片手にハンマーをぶら下げている。馬鹿な真似をしなけりゃいいが、と俺は胸のうちで呟いた。 「お前ら、仕事中になに、いきり立ってんだ。喧嘩なら就業後にやってくれないか」  俺に話しかけた男が、二人の間に仲裁に入った。年は近いが一応、ここでは先輩にあたる。男の説得に、男は若い従業員の胸ぐらをつかんでいた手を離した。気が付くと二人の周囲に騒ぎを聞きつけた仲間が数人、集まり始めていた。 「けっ、自分の不注意を棚に上げて被害者面かよ。今度やったら二度とハンドル握れないようにしてやるからな」  先輩の男が「やめないか」とたしなめた。捨て台詞とはいえ、見過ごせない言葉だった。 「ほーら、怒られた」  馬鹿なことを、そう思った瞬間、男のハンマーを持った手が動いた。同時に俺の身体も反応し、ドライバーの男を突き飛ばしていた。 「ぐっ」  肩に強い衝撃を感じた。……が、痛みはほとんどない。振り返ると、ハンマーを持った男が呆然と立ち尽くしていた。凶相が拭われ、憑き物が落ちたような顔に変わっていた。 「大丈夫ですか!?」  たちまち数人の従業員が俺を取り囲んだ。殴られそうになった男は、しりもちをついたまま、あっけにとられたようにこちらを見つめていた。 「たいしたことありません……それより、武器を振り回すのはフェアじゃないですよ」  俺はハンマー男に言った。男は毒気を抜かれ、意気消沈した様子だった。 「とにかく、急いで病院に行ってレントゲンを撮らないと」  いつの間にかやってきていた主任が言った。携帯を手にしているのは、救急車でも呼ぶつもりだったからかもしれない。 「いや、大丈夫です。少し休んだらすぐ、仕事に戻れます」 「馬鹿なことを言うんじゃない。今日はもう帰っていいから、とにかく病院に行きなさい」  俺はおとなしく従う事にした。だが、実際にはその必要はない。ハンマーで殴られたぐらいでは痛くも痒くもないのだ。なぜなら、俺は一度死んだ人間―――ゾンビだからだ。
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