シー・ラブズ・ユー? (6)

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シー・ラブズ・ユー? (6)

 ゾンビは見た目、死んだ時以上に年を取らない。汗もかかず、本来は食事や排せつの必要もない。そして何より、生殖機能が失われている。これらのことが生者の世界に舞い戻った死者の人生を苛酷なものにしているのだ。  周囲から不審の目を向けられながら、ゾンビとしての人生を全うできる者はいい。多くの場合、周囲との関係や生きづらさに悩み、再び姿を消してしまうことになるのだ。  そういった行き場のないゾンビや、何らかの事情で生者の世界に帰れず、死んだことになっているゾンビに新たな人生を与える組織が存在する。「還人協会」といい、政治や経済など、社会の中枢に入り込んだ先輩ゾンビたちによる団体だ。  「還人協会」のネットワークは広く、社会の隅々に及んでいる。たとえば病院などでも医師にゾンビがいれば、「生き返った」者の情報は即座に協会に寄せられる。当人が何事もなく元の生活に溶け込めなかった場合、協会から先輩ゾンビがアドバイスを与えに赴く……というわけだ。  犯罪などの事件がらみで死亡し、「生き返った」場合などは元の社会に戻らず、そのまま協会のバックアップで生きていくことが多い。警察の中にも少なからずゾンビがいて、そういった亡者の情報は直ちに協会に届くのだ。  俺の場合は、ある事件に巻き込まれて死亡し、生き返ってすぐに協会から先輩ゾンビがやってきた。ぼろぼろの姿でさまよっていたところを警察に発見され、そこから警察のゾンビを通じて協会に連絡が行ったのだ。  俺の場合、事件そのものを含む過去数年間の記憶が死亡時に失われていたため、否応なしにゾンビ生活に入らざるを得なかったのだ。俺が自分の失われた過去について調べ始めたのは、新しい生活に入ってしばらくしてからだった。  記憶にある俺の本名は、青山誠司。中学校の教師だった。それがある時点でぷっつりと記憶が途切れ、そこから警察に保護された夜に直結している。あとからわかったことだが、俺が失った時間は十年間にも及んでいた。当然、親しい者たちは俺が死んだものだと思っている。もはや俺に帰るべき場所はなかった。  俺は協会のバックアップを受けて住居と新しい戸籍を確保し、新たに「泉下巡」という人間になった。「泉下」は多くの先輩ゾンビが名乗ってきた名前で、行ってみれば「このあたりじゃよくある苗字」なのだった。  別人となった俺は肉体労働を経て先輩ゾンビからリサイクル店の経営を受け継いだ。店は夕方からの営業なので、昼間は廃棄物リサイクルのバイトをしている。臭いのきつい仕事は俺たちゾンビにはうってつけなのだ。  通常、ゾンビが経営する会社に勤務するのでない限り、俺たちは正体を隠し、生者に紛れて生活している。ゾンビだと告白することが禁止されているわけではないが、告白して状況がよくなることはまず、望めない。  怪しまれることは日常茶飯事だが、結婚したりしない限り、さほど深刻な問題は発生しない。俺は生者の友人たちとロックバンドを組み、ベースを担当している。今のところ、生者と死者で呼吸が合わないなどという事はない。  多くを望まなければ、ゾンビとしての人生もそう悲惨なものではないとわかってきた。  だが。  自分の過去を調べていく過程で、俺は見過ごせない情報を目にした。それは、俺が教師をしていた時に起きたある事件の記述だった。俺が担任していたと思しきある女生徒が、地元の大学生グループに誘い出されて酒を飲まされ、殺害されたという事件だった。  記録では俺は事件の半年後に教師を退職している。責任を感じたのだろう。その後、大学生グループは逮捕、実行犯の大学生二名と従属犯とみなされた二名の計四名が起訴され、実刑判決を受けている。いまだ刑に服している者がいることを別とすれば、事件そのものは事実上、収束しているといえた。
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