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シー・ラブズ・ユー? (2)
「そういえば兄ちゃん、バンドやってるんだって?」
倉庫に戻り、空のコンテナをセットしているとふいに男が尋ねてきた。
「ええ、まあ……ほんの遊び程度ですが」
「楽器は何やってんの?ギター?」
男はギターを弾く真似をした。意外に指遣いがさまになっていた。
「ベースです。プレシジョン・ベースっていう楽器を弾いてます」
「ふうん。まあその辺は知らんけど、ようするにロックか何かをやってるわけだ」
「そうですね。どちらかというと古いタイプのロックですかね」
俺は曖昧に答えた。ブリティッシュとかアメリカン・ハードとか細かいことを言ってもたぶんわからないだろう。かえって面倒くさい奴だと思われるだけだ。
「いいねえ。……あれだろ?ライブハウスとかでやると、高校生くらいの女の子がキャーキャーいうんだろう?」
「いやあ、いいませんね。お客はむしろ俺らより年上のおじさんが多いです。ビジュアルもほとんど普段着にちかいですし」
「へえー。……もてたくてやってるんじゃないのかい」
「もてたいですよ、普通に。でももてるために好きでもない音楽をやっても意味ないでしょう」
「たしかにな。……ちくしょう、俺も何かやっとけばよかったなあ」
男は再びギターを弾く真似をした。チョーキング風に指を動かして見せたところをみると、ロックは嫌いじゃないのだろう。
「でも、夏の練習は地獄ですよ。エアコンのあるスタジオなんて借りられませんからね」
俺はわざと辟易したような表情を作って見せた。実のところ、俺はさほど地獄でもない。他のメンバーがそう言っていたのだ。気の毒だが、こればかりはどうしようもなかった。
「ところで兄ちゃん、K区にある『グレイトフル・サッド』っていうライブハウス、知ってるかい?」
頭の中で昨日しくじったフレーズをそらんじていると、唐突に男が話題を振ってきた。
「知ってますよ。一回だけ出演したことがあります。地下にある狭い店ですよね」
「そうそう、そう言ってたな。……いや、実はね、高校生になる姪が夜な夜な、そこに入り浸って困ると妹から打ち明けられてね。一度、覗いてみようかと思ってるんだが、若い人たちの中に入っていくってのがどうにも億劫でね」
「あそこは出演者も観客も年齢層が低いから、腰が引けるのはわかりますよ。深夜でなければさほど心配することはないんじゃないですかね」
「俺もそう言ったんだがね。出演者がまともでも、会場に来ている素行のよろしくない連中と友達になったら困るってんだな。旦那とは別居中だから、年ごろの娘を叱れる人間がいないってのも不安に輪をかけてるんだろう」
「その、別居中のお父さんにライブに潜り込んでもらったらどうすかね」
「うん、それも言った。実際に注意もしたそうだが、中学時代、母親に散々甘やかれたあげく、いきなりほったらかしにしていたオヤジが現れて説教しても効果なし、さ」
「ふうん。叔父さんの方が効きそうだってことですか」
「まあ、俺はこういう柄だし、確かにガツンと言うのには慣れてるよ。……ただし、ガツンと言うのがはたして効果的なのか、逆効果なのかはわからん。俺には子供がいないからな」
「そうですね。ガツンと言った結果、逆にガツンと殴られたら目も当てられませんからね」
「確かにな。……まあ、ようするにそういう時代だってことだな」
男が力ない口調で行った。実際、反抗期の娘を連れ戻すのに他人の手を借りては逆効果だろう。いかに親たちの腰が引けているかということだ。
「とりあえず、仲間の前で恥さえかかせなければ、意外に素直になるかもしれませんよ。あの年頃にとっては他愛ないプライドが何より大事ですからね」
「そうか。……そうだな。言われてみれば俺もそんな感じだった気がするよ」
男は懐かしそうに目を細めた。この男にはまだ、少年の心が残っているようだ。この調子なら大丈夫だろう。
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