シー・ラブズ・ユー? (5)

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シー・ラブズ・ユー? (5)

 俺の名は泉下巡。年齢は三十三歳。ゾンビだ。  ゾンビと聞いて諸兄はどのような印象を持たれるだろうか。 生きるしかばね。人肉を食らう怪物。およそそんなところだろう。実際の所、俺自身の認識もそれほど違わない。イメージの出どころはホラー映画やゲームだ。それらの作品で描写されるゾンビは実におかしくなるほど似通っている。  薄気味の悪い呻き声を発しつつ群れを成して歩き、生きている人間に手当たり次第に食らいつく。銃で撃たれても死なず、頭を吹っ飛ばされない限り何度でも起き上がる。オツムの中身はほぼないに等しく、団結したり武装して攻めてきたりはしない。  ……とまあ、こんなところだろう。考えてみれば突っ込みどころ満載の存在だが、そうでなければ物語に貢献できない。架空の存在であるが故の怖さといっていいだろう。  ではもし、ゾンビが現実に存在するとしたら、どのような形が考えられるだろう。  映画やゲームではしばしば、ウィルスやら未知の宇宙線やらによって都合よく死者が甦る。特殊な存在故に、全滅させてしまえばそれでゾンビは地上からいなくなる。  では特殊な存在でなかったらどうだろうか。つまり、なんらかの偶然が重なると、比較的簡単に死者が甦るという現象が実在した場合だ。その場合、映画やゲームの枠からはみ出すほどの「ゾンビ人口」が存在することになる。  そんなのおかしい、とあなたは言うだろう。ゾンビに襲われて壊滅した都市があったりしたら、世界的なニュースになるからだ。その通り、俺が知る限りそうした事実はない。  なぜか。現実のゾンビは人肉も喰らわないし、生者に取って代わろうとも思っていないからだ。映画やゲームのゾンビと共通しているのは生ける屍であること、なかなか死ねないこと、体のつくりが生きている人間と大きく異なること、それだけだ。  ではどういう人間がゾンビになるのか。これはまだゾンビの世界でもよくわかっていない。仮説としては体内に存在する、ある極小の粒子が瀕死の状態になった生体に働きかけ、ごく短い時間で身体の構造を作り変えてしまう、というものだ。  この粒子は存在自体が確認されておらず、想像の域を出ない。おそらく生物と無生物の中間のような存在だろうといわれている。通常、体内に数億はいると見られているにもかかわらず、観察が困難なのは、肉体が瀕死の状態にならない限り決して活性化せず、眠ったままでいるかららしい。  そして個体がいったん「復活」すると、今度はそれまで生命を維持してきた組織に代わって粒子自体が肉体の主人になる。本来のボスである脳ですら、彼らの指揮下におかれることになるのだ。つまりゾンビとは、かつての人間とは別の「似て非なる別人」ということになる。皮肉なのは、ゾンビになった後も生前の記憶・思考が継続されることだ。  手も足も、思い通りに動くし、やろうと思えば飲み食いや排せつだってできる。……だが、それらの生命活動を牛耳っているのは各々の臓器を支配している粒子なのだ。  俺がそのことを教えられたのは、「生き返って」しばらくしてからだった。  教えてくれたのは「先輩」にあたるゾンビだった。……そう、知られていないだけで、実は「生ける屍」になる人間は結構いるのだ。ある研究者によると、五千人だか一万人だかに一人の割合で、「死に損なう」人間がいるのだという。つまり日本国内だけで一万人以上はいる計算だ。  一言で言えば、ゾンビたちの自助組織、ネットワークが存在するのである。  ゾンビの中には、元の生活に戻るものと、名前や戸籍をいったん捨て、ゾンビとしての新たな生活を営み始めるものとの二種類に分かれる。事故や事件で消息不明になっていた場合、すでに葬儀が執り行われていたりするので厄介だが「奇跡の生還」となればあまり面倒なことは問われないものだ。むしろ問題なのはその後の生活だ。
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