第8話・アシル様の嫁

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第8話・アシル様の嫁

「た、た、大変です、アシル様! サリャークがまたしくじったようです!」 「何? あやつはどうしてこうも上達しないのだろうか。 そう言われても私は一週間は元に戻れんぞ」 「そ、そんな…! ですがこのままだとこの国の歴史が変わってしまいます! アシル様しか収められる者はおりません!」 「何だと? それほどの事か」 「はい…!」  ──誰かが何かをしくじったらしい。  俺は黙って、慌てふためく水色の龍を見詰めた。  何をしでかしたんだよ、アシルの手下は。 「雲の操り方が下手くそなのだ。 雲量によっては雷神がやって来て街に甚大な被害を及ぼす。 …もしや雷神が来ているのか?」 「えぇ、まさしく…」  俺の心を読んで説明してくれたはいいけど、雷神って響きからして怖いよ。  アシルの手下のしくじりがどこかに甚大な被害をもたらすなら、こんな所で迷ってる暇なんかない。 「な、なぁ! アシルしか収められないなら行ってやれよ!」 「無理だ。 嫁が居ない私は細かな手続きを踏んで人間の姿になっていると言ったはずだ」 「そんな堅苦しい事言ってる場合かよ! どうやったら龍に戻れるんだ!」 「手続きを踏む、もしくは嫁を取る」 「て、手続きってどれくらい…」 「一週間の契約なのでそれは覆らない。 …さぁてどうしようか」  水色の龍は項垂れてしまい、リュークも唖然とアシルの動向を見守っている。  どうしようかって…契約とやらが覆らないなら、誰かを嫁にして龍に変身したらいい──ん? 「……嫁?」 「水景がなってくれるか?」  そういえばさっきアシルは、求婚がどうのって話をしてた気がする。  え…俺が嫁になるの? てかなれるの?  この場で俺の一生を決めていいのかよ?…って、俺もうすぐ死ぬんだった。 「…そうだ、どうせ俺の命は「間もなく」消えるんだろ。 …いいよ、この国とアシル達の力になれるなら。 父さん母さんもそれを望んでる、……多分」 「そうこなくては。 水景、背中を向け」 「……こう?」  俺はアシルに背を向けた。  すると背中にアシルの両手が添えられて、何かを送り込まれているのかピリピリと小さな電気が全身をかけ巡る。  立っていられなくて前によろけた瞬間、辺りを閃光が包んだ。  デジャヴかと腕を掲げて目をガードし、光が落ち着いてきたのを確認してそっと瞳を開く──。 「あ…っ、アシル!」 「これで信じたか?」  眩い光を放つ銀色の大きな龍が、俺の目の前に現れた。  撫でろ、という風に鼻先で腕をツンと押されてたてがみを撫でてみると、上質な毛並みである事がその一撫でで分かった。 「……信じたくないけど、信じるしかないだろ」 「ならば良い。 時が来れば迎えに来るつもりではいたが、はじめから水景を嫁とするつもりなど無かった。 だがこう目の前にするとな…何やら手篭めにしたくてたまらなくなってな」 「いやだから…言い方な。 早く行けよ、雷神様が来ちゃってるんだろ」 「「アシル様」が向かうのでもう大丈夫だ。 リューク、水景を私共の世界へ連れて行け。 早くしなければ尽きる苦しみを与えてしまう」 「はい、アシル様」 「水景、ではまた後程」 「はいはい、後程。 「アシル様」」  銀龍アシルは俺の体を一周して、水色の龍と共に飛び去って行った。  雨の神が事態の収集に向かって行く様を、俺はまだどこか夢を見ているような感覚で眺める。  ──俺の右の足首に龍の刻印が刻まれているのを知るのは、この数時間後の事だ。
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