第五話

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第五話

 最近、朝の起き抜けに兄の顔を見ると『無駄に顔がいい』と思う。  今までも格好いいとは思っていたけど、なんか違うんだよな見え方が。弟から恋人に変わったせいなのか、兄ちゃんのオレへの甘やかし度も今までの比ではない。  兄ちゃん自身は今までと別に変わらないよと笑っているのだけれど、これはオレの意識が変わったせいなのだろうか? オレにはよく分からない。  「おはよう」と笑顔の兄ちゃんはオレの頬にキスをくれる。まるで外国映画のワンシーンみたいにさりげなく、最近はそれが日常みたいになっていて変な感じ。そして、やっぱり兄の顔が近付いてくるとオレは『無駄に顔がいい』と思うのだ。  今まで兄は夜遅くまで起きていて、朝は寝ている事が多かった。朝食は各自とっていて、晩飯は一緒に食べる事が多かったが、昼間は基本的にお互い自由にやっていた。けれど、ここ最近、朝はオレが起きると兄も起きていてにこにこと笑っている。 「だって、少しでもたくさん利之君と一緒にいたいから」と兄ちゃんは言うけど、正直兄ちゃんはいつ寝てるんだ? とも思うのだ。  最近夜は兄と過ごす事がとても多い。それはまるで普通の恋人のようにいちゃいちゃとオレ達は過ごしている。今まで横並びで見ていたテレビを見る時には膝の中に入れられるし、ゲームをしていても、本を読んでいても、兄はさりげなく横にいる。  今までも兄弟として生きてきて、居て当たり前な存在だっただけに空気のように隣にいる兄を邪魔だと思う事もなく、むしろこれだけ一緒にいると、兄が出掛けていなかったりした時の孤独感の方が大きくて、自分ちょっとヤバいのでは? と思わなくもない。  これって、もう半分依存症みたいなもので、オレ、兄ちゃんいなくなったら生きてけなくなるんじゃねぇの? と少し心配になるくらいだ。  ちなみにオレ達がこんな事になったきっかけであるMARINOの存在は最近兄の中ではずいぶんおざなりになっている。兄曰く「だって、もう妄想で補う必要なくなったし……」との事で、もうすっかり兄の中でMARINOの存在価値はなくなったらしい。  うん、これでようやくオレも女装アイドルMARINOから卒業できるという事だな、良かった良かった。  ただ、そんな中それは勿体ないと呟いている人が一人。それが兄ちゃんの友達の青木晴臣さん、通称ハルちゃん。  彼はAVを生業としている男優(?)さんだ。オレが見せられたAV撮影会は割と普通の男性向けAVの撮影だったけど、普段はゲイビでの撮影が多いらしい。ゲイビ=ゲイビデオ、ようするに同性愛向けのやつね。  ハルちゃんは男でも女でもどっちでもいける人なので、どちらからもお声がかかるらしい。  ただやっぱりその芸風からかマニア向けっぽい撮影の方が多いみたいだけど。 「人の性癖なんてホント千差万別なんだけどさ、その中でオレって割とニッチな所にいるらしくて今はひっぱりだこなんだ。だけどこういう業界やっぱり若くてなんぼな所あるし、目新しい方にいきがちだ。オレも長く続けられる仕事だとは思ってないけど、ぽっと出の新人に負けるのはやっぱり悔しい。だからオレの後釜、とっしーやらない? MARINOちゃんって知名度あるし、すぐに人気者になれると思うよ」  なんてとんでも提案をされて、オレは首をぶんぶんと横に振った。だってAVなんて相手は不特定多数だろ? 好きでもない相手に身体を自由にされるとか絶対無理だし、皆の見てる前でちんこ勃たせるとかホント無理。  こういうのは好きな相手とするもので、オレは現在兄ちゃん以外とそういう事をする気はまるでない。っていうか、まだ兄ちゃんとまともに繋がれてもいないのに、無理、絶対無理。  ハルちゃんには気が向いたら声かけてって言われてるけど、自分も嫌だし、兄ちゃんもそれは絶対嫌がる……というか激怒すると思う。   ハルちゃんは意外とそういう所ゆるゆるだけど、よくそれで兄ちゃんと友達やってたなって思うんだよね。高校時代はまだもう少しはマシだったのかな? まぁ、どちらにしてもオレは絶対そんなのやらないけどな!  そんな訳で現在オレの日常は割と平穏に過ぎている。MARINOのおかげでばたばたしていた半年前の自分に今のこの平穏を分けてあげたいくらいだ。平和が一番、おうち最高。  もうじき大学も夏休みだし、何して遊ぼうかなとオレは想いを馳せた。  ※ ※ ※  晩御飯を食べ終わるとオレは片付けの為に皿を洗い、兄は風呂の準備をしに行く、別にこれはどっちがやってもいい仕事なのだけど、最近は気が付くと兄はいそいそと風呂の準備に行くのだ。そして「先に入っておいで」とオレに言う。  これはもう最近のオレ達の暗黙の了解みたいなもので、風呂場にラブゼリーが置いてあったら『今晩やってもいいですか?』のお伺い、それをオレが回収したら『OK』で風呂場に放置したら『今日は駄目』の合図になっている。  案の定、風呂場を覗けばそこに鎮座するラブゼリー、家族四人で暮らしていたこの家で両親がこの光景を見たらどう思うだろうか……と思わなくもないのだけれど、もう今更オレ達のこの気持ちを止める事は両親にもできはしない。  事前準備を済ませて風呂場でそこをほぐすように指を這わせる。最初は抵抗も半端なかったけれど、最近はもうだいぶ慣れてきた。適度に緩んだその穴にゼリーを垂らした指を突っ込み掻き回す、うん、もしかしたら今日はイケるかもしれない……兄ちゃんにも散々ほぐされて力の抜き方も体がマスターし始めた、今日こそ受け入れられるといいなと思いながら、オレはラブゼリーを回収して部屋へと戻った。  身体が火照る、兄ちゃんが風呂から上がって来るのが待ち遠しい。2人で暮らす家の中の生活音はオレと兄ちゃんだけのもので、耳を澄ませば今兄が何をしているかなど手に取るように分かるのだ。  今日こそ兄ちゃんと繋がれる……そんな気持ちでそわそわしていると、ふいにピンポ~ンと家のチャイムの鳴る音にびくっ! と身体が跳ねた。  時間はまだそこまで遅い時間ではない、けれど人が訪ねてくる事などほぼないと言っていい我が家に響き渡るチャイムの音にオレは固まる。  この時間、稀に宅配便などの配達もあるが、オレはそんな話は聞いていない。兄はまだ入浴中だ、出て行くならオレだよな……とリビングへと向かう。何故ならそこにドアホンのモニターがあるからだ。  チャイムは執拗に間隔を置いて鳴り続ける、オレがそのモニターを覗き込むとそこに映っていたのは見知った顔。 「え? 母さん!?」 「良かった、いたぁ! ママ向こうに鍵忘れて来ちゃったのよぉ、開~け~て~」  と、モニターの向こうの母は悪びれもせずに笑っていた。 「急にどうしたの? 連絡なかったよね?」 「うふふ、サプライズよ、サプライズ。それにあなた達がちゃんとやってるかの抜き打ちテストも兼ねてね。家の中、もっと荒れてるかと思って来たけど意外と綺麗にしてるのね、感心感心」  大荷物を抱えた母はそう言って、リビングに荷物を広げ始めた。  母はとかく賑やかだ。返事をしてもしなくても一人で騒々しく喋り続ける。 「それにしてもあなた達、ちょっと健全すぎやしない? とし君、それもう寝間着よね? お兄ちゃんは今お風呂? 親の目もないのに健康的な生活送り過ぎでしょ? 我が家が汚屋敷になってたらどうしよう! とかまー君やとし君が彼女引っ張り込んでたりしたらどうしよう!? なんて心配してたママの心配が杞憂過ぎて拍子抜けだわ。というか、健康な男の子が本当にそれでいいの?」 『彼女』という単語に、オレは少しだけドキリとする。確かにオレ達はこの家に女の子を引っ張り込んだりはしていないけど、母が言うほど健全な生活を送っている訳ではない。ここ最近は毎日のようにこの家で兄といちゃいちゃして過ごしているオレは少しだけ後ろめたい。 「……悪さしてたらしてたで怒るんでしょう?」 「それはね? だって、それが親の務めですもの。だけど、こんなにそつなく暮らしているの見たら、それはそれで心配になるじゃない」  母の言葉はもっともだけど、別に誰にも迷惑かけずに暮らしているのだからいいじゃないか…… 「で、とし君は大学で彼女できた?」 「え……」 「いないの? ママが言うのもなんだけど、とし君可愛い顔してるし、女の子にもてそうなのに」 「母さん、オレがこの人生で一度もモテた事ないの知ってるだろ?」 「そうなのよねぇ、ママはそれが不思議で仕方ないのよ。昔からとし君は可愛いって近所でも評判だったし、親の欲目抜きで見ても優良物件なのにおかしいわよねぇ」  母は心底不思議だと言う表情で小首を傾げる。けれど、すぐに気を取り直したように「でも、お兄ちゃんには彼女できたのよね? とし君はもう会った?」とにこにことオレに尋ねてくる。  だけど、兄ちゃんに彼女? なんの話? オレ、聞いてない!! 「ママ、可愛い娘さんとの恋バナ聞きたくて……」なんて言ってる母の言葉が耳に入ってこない。嘘だよ、だって兄ちゃんの恋人オレだもん、彼女なんているわけ……あ…… 「もしかして、兄ちゃんの彼女ってMARINOのこと……?」 「そうそうマリノちゃん! どんな娘? 可愛い? ママも仲良くなれるかしらぁ? ママね、本当は娘も欲しかったのよ、娘と一緒にウィンドウショッピングとか憧れてたの! マリノちゃんはどういうお洋服が好きかしら? おとなしめ? それとも派手な感じ? ギャルっぽい子はママちょっと苦手だけど、ギャルの子って意外といい子が多いって聞くし、ママはどんな子でも大歓迎よ!」  母のテンションが爆上がりしている、これはもしかして兄に彼女が出来たと聞いた母は彼女に会いたいがために帰ってきたとそういう事か? ってか、彼女オレ! 『MARINO』はオレなんだぞ?! どうすんだよ、これ! さすがに化粧したって実の親騙すのとか無理だからな?! 「あれ……? なんか声がすると思ったら、母さん?」  兄ちゃんが髪をタオルで拭きながらリビングに現れて、きょとんと首を傾げた。 「うふふ、ただいま。ママね、まー君の彼女さんに会いたくて帰ってきちゃった」 「え……」 「ねぇ、写真ないの? どんな娘なの? 卒業したら結婚するの? ママももう近々おばあちゃんかしら!? きゃあ~!!」  オレは無言で兄の顔を見やる。兄は母のテンションについていけてない様子だけど、ホントこれどうするの? オレ、知らないよ……?
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