第三話

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第三話

『今日はお兄ちゃんとご飯作りましたぁ☆ 可愛くできてるかな? こういうの彼に作ってあげたら喜んでもらえるかな?』  そんな文言と共にブログにあげられた写真は美味しそうなオムライス。黄色の卵の上にはご丁寧にケチャップでハートが描かれていて、とても可愛らしいオムライスは今現在本物がオレの目の前にある。 「兄ちゃん、最近すっかりネカマが板についてきたよな……」 「ネカマって言わないでよ、僕はMARINOになりきってるだけなんだから」 「それをネカマと言わずしてなんと言う?」 「えぇ、おかしいなぁ……」  そんな事を言いながらも、兄はそんなオムライスに喰らい付いたオレの写真を撮る。たぶんそれはそのうちある程度加工修正されてやはりブログにアップされるのだろう。なんだかオレはもう完全に諦めの心境だ。  ネットアイドルMARINOはネットアイドルを卒業して、ただの一般人MARINOになったらしいのだが、新しく立ち上げたMARINOのブログはアイドル時代に比べれば数は減ったものの相変わらずファンを増やしているらしい。  それを運営しているのはオレの4歳年上の兄、飯島真之(いいじままさゆき)今目の前にいる男だ。そして、そのブログを書いている事になっているMARINOの写真のほとんどはオレの写真で構成されている。つまり、外見はオレ、中身は兄の2人でMARINOという存在は成り立っている訳だ。  なんでこんな事になっているのかと言うと、話せば長くなるので割愛するが、オレはもう最近それに関して兄にとやかく言うのをやめた。正直面倒くさい。 「今までMARINOのファンって圧倒的に男の方が多かったんだけど、こっちに引っ越してから最近は女性フォロワーが増えてきてなんだか平和だねぇ」 「は? なんで女がMARINOなんかフォローすんだよ? 意味が分からん、なに目的だ?」 「何って言われるとよく分からないけど、料理写真とかわりとウケがいいよね、ほら、たくさんハートが付いてる。あと、女の子は恋バナが好きみたいで、そういうのにもハートがたくさん付くよ」 「他人の恋バナなんか聞いて何が楽しいんだよ? オレにはさっぱり分からん」  兄はMARINOになりきって、出来たばかりの彼氏の話をのろけを交えて日記に綴る、だがその中身が実は彼氏などではなく、ほとんどがオレと兄とのやり取りである事をブログの向こう側のフォロワーは知りもしない。  でもまぁ、ネットアイドルを自称していた頃よりは遥かに平和なコメント欄にオレはほっと息を吐く。  あの頃はファンももちろんいたのだが、やっかみ半分の誹謗中傷も多かったし、頭の沸いた気持ちの悪い下ネタばかりを吐いてくる親父もいたのだ、それを思うと『オムライス可愛いですね、私も今度作ってみようかな』とか『きっと彼氏さんも喜びますよ』とか、今はそんな可愛いコメントばかりが並んでいて心が和む。  ブログ公開が承認制というのもあってか、変なのはシャットアウトも出来るようになって、これならまぁMARINOを騙って兄がネカマをしていたとしても害はないと、オレは判断した。 「それにしても、何だかんだでMARINOって兄ちゃんの理想そのものだったりするわけ? 兄ちゃんこういう女がタイプなん?」 「ん? タイプと言えば、まぁそうなのかもね」  兄の言葉にオレは「ふぅん」ともう一度MARINOのブログを見やる。自分の理想の女を自分で演じるってどういう心境なんだろうな? オレにはよく分からないや。 「でもこのブログの中身はほとんど僕と利之君の日常がメインだって分かってる?」 「あぁ、まぁな」  ブログの中の彼女『MARINO』のモデルはオレな訳だし、当然といえば当然なのだが「利之君は鈍いなぁ」と兄は苦笑する。 「まぁ、僕は利之君のそういう所がとても好きだよ」 「今の話でなんでそうなった?」 「そういうのが分からない所も利之君らしくていいと思うよ」  兄はそう言って笑うと「さて、僕もそろそろ出掛ける準備しないと」と、エプロンを外す。 「あれ? 兄ちゃん出かけるの?」 「僕、これでも学生だからね、卒論の準備もしないといけないし」  言われてしまえばその通り。最近ほとんど家にいるものだからすっかり忘れていたが、兄は大学4年生、普通に考えればそういう卒業に向けての準備はしなければならないのだ。 「兄ちゃん家でごろごろしてばっかじゃん? ちゃんと卒業できんの?」 「利之君は失礼だねぇ、基本単位はすでに習得済みだって僕、言ったと思うんだけどなぁ」  外出時の兄は眼鏡をコンタクトに変えて、ぼっさぼさの髪をある程度整える。それをするだけで、ある程度まともな人間に見えるのだから普段からそうしていたらいいのに、家にいる時の兄はいかにもなだらけた姿で正直どうなんだ? と思わなくもない。  いや、家にいるのに格好つける必要はないのだろうけど、そんな普段外出時の姿の方が好きなオレはちょっとだけ、悔しくなる。  弟であるオレに小奇麗な姿を見せた所でなんの得にもならないし、むしろ面倒くさいのも分かるのだけれど、兄の友人達はそんな3割増し格好いい兄の姿を日常的に見ているのかと思うとずるいなと思ってしまうのだ。何が「ずるい」なのか、オレにもよく分からないのだけど…… 「待って、オレも一緒に行く」 「ん?」 「今日、漫画の発売日なんだ。駅前の本屋、ついでだからそこまで乗せてって」 「帰りどうするの?」 「土曜日雨降ったから、駅まで迎えに来てもらったの忘れた? 取りにいかなきゃって思ってたんだよ」  オレは車の免許を持っていない。今のオレの足は基本自転車なので、駅前に置きっぱなしの自転車も回収しなければいけないと思っていたのだ。  可愛いオムライスを綺麗に口の中に押し込んで、オレは身支度を整える。  兄に駅のロータリーまで送ってもらうと、相変わらず過保護な兄は「あまりふらふらと遊んでるんじゃないよ」とか「家に帰るときは寄り道せずに真っすぐ帰る事」とか、どこの小学生に言ってるんだよ……という台詞を繰り返すので、それに窓越しに「はいはい」と投げやりに返していると「あれ? 飯島?」と名前を呼ばれて振り向いた。  そこにはまるで俳優のように目鼻立ちの整った美形がこちらを驚いたように見ていたのだが、これは誰だ? オレ、知らないけど…… 「青木? なんだ久しぶりだな、卒業式以来か?」  車の中から兄が返事を返す。あぁ、兄ちゃんの友達? それにしてもずいぶん派手な人だけど…… 「あぁ、俺、進学東京だしな」 「そういえばそうだった。今はこっちに帰って来てるのか?」 「うんにゃ、今日はちょっと仕事の都合」 「仕事?」 「はは、俺、大学中退して、今は派遣社員なんだよ」 「マジか……」  どうやら兄と目の前の青木と名乗る美青年は兄の学生時代の友人らしい。そういえば兄ちゃん家に友達連れてきた事ないもんな……オレ、そういえば兄ちゃんの友達なんて初めて見た。 「こっちにはいつまで居るんだ?」 「明日には帰る」 「そうか、残念だな、またこっちに来る時には連絡くれよ、皆集めるから」 「はは、いいよいいよ。ところでさ、さっきから気になってたんだけど、こっちの可愛い子は誰? 彼氏?」  ちょ……なんでそこでそういう発想? そこは普通に友達とか兄弟とか言うもんだろ? 「弟だよ」 「あぁ! 君が噂の利之くん!?」  噂? 噂って何!? オレ、兄ちゃんの友達にどんな噂されてんの!? まさかMARINOの事とかバレてんじゃないよね!? 「へぇ、ふぅん、そうなんだ。確かに飯島の言う通り可愛い子だね」 「変な目で見んな」 「別にそんな威嚇しなくても何もしないよ。俺の好み、お前だって分かってんだろ?」 「まぁ、それはな……」  ? 何の話? 会話が全く見えないんだけど? 「ってか、うわっ! もうこんな時間! 遅刻する!」  うっかり話し込んでいた兄が時計を見て慌てふためく。 「慌てて事故らないでよ」 「分かってる、利之君もくれぐれも寄り道しないこと、あと知らない人には付いていかないこと!」 「ちょ……兄ちゃん、オレ、小学生じゃないんだから、そんな事分かってるし!」  本当にどこまでも過保護なこの兄は、オレをまだ幼い子供だとでも思っているのだろうか? ってか、青木さんにめっちゃ笑われてるんだけど、恥ずかしい。  心配する兄を見送って、オレはひとつ息を吐く。 「飯島っていつもあんな感じなの?」 「まぁ、そうですね。いつまでも弟離れができなくて……」 「お兄ちゃんは君が大好きなんだねぇ」 「そろそろ本気で困ってるんですけどね」  特にMARINOの事とかMARINOの事とかMARINOの事とか……大事な事なので三回言いました。  相変わらず青木さんはくすくす笑っているのだけど、美形は笑っていると三割増しで美形に見える。 「青木さんは今から仕事ですか?」 「うん、そうだね。利之君は?」 「オレは本屋寄って、ちょっとその辺ぶらついたら帰ります」 「あ、じゃあこの後特に予定はないんだ?」 「まぁ、急ぎの予定はないですね」  青木さんはずいぶん人懐こい。ついついそのまま2人で並んで歩きだしたのだが、仕事の方はいいのかな? 「あんまり大きな声では言えないんだけど俺の仕事って実は役者なんだけど、利之君ちょっと興味あったりしない?」 「え……役者? え!? 俳優さん!? 芸能人!?」 「いやいや、そこまで有名じゃないから、あんまり大きな声で言わないで。本当に派遣社員って言うのがしっくりくるくらいの三流だから」 「え、でも凄い! オレ芸能人なんて生で見たの初めてだ。でも青木さん美形ですもんね、めっちゃ納得」 「はは、そこまで言われると照れるなぁ」 「えぇ、だって普通に凄い、じゃあ青木さん今から撮影なんですか?」 「まぁ、そうだね。もし良かったら見学に来る?」 「!? いいんですか!?」  オレは少し舞い上がっていたのだ。だってなんの撮影かは分からないが、そんな撮影現場を見学できるなんて、そうある事ではない。もしかしたらテレビで見るような有名人だっているかもしれないと思ったら、オレは思わず首を縦に振ってしまっていた。
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