第四話

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第四話

  「おはよ、利之君」 「あ……うん、おはよ」  毎日毎日おんなじ会話を繰り返し、こんな兄との会話は日常なのに何故かオレは瞳を逸らす。最近どうにも兄の顔がまともに正面から見られない、それというのもオレは最近毎日のように夢を見るからだ。それは、兄とオレがまぐわう夢。  夢の中でオレは兄に抱かれて嬉し涙でむせび泣く、そんな感情はおかしいと頭では分かっているのにオレはその夢の中で兄を拒めずにいる。  無理強いをされている訳ではない、夢の中の兄も現実と同じオレに激甘なのに、逆にそれだからこそ、あまりにも兄に愛される事が当然なのだと夢の中のオレは思ってしまうのだ。  目覚めた瞬間、それは違うと分かって酷く落ち込む。きっと兄にオレは愛されている、だけど違う、兄の愛情はこういう形でオレに与えられるものではない。  性愛ではないのだ、それは家族愛を逸脱したものではない、逸脱しているのはオレの感情の方だと分かっているのにオレはその感情を持て余したまま、今に至る。  兄ちゃんもきっとオレが何かを隠している事に気が付いている、けれど何も言わないのは優しさなのか何なのか…… 「今日も帰りは遅いの?」 「うん、ゼミの飲み会誘われてるから」 「最近ちょっと多くない? あんまり遊びすぎよくないよ。お小遣いも足りないだろ?」 「あ、それ……オレ、バイト始めようと思ってて……」 「……え?」  兄が青天の霹靂というような表情でこちらを見やる。 「え? って何? オレだって欲しい物あるし、友達と旅行だって行きたいし、実際小遣いだけじゃ足りないからバイトするって言ってるだけだろ? 兄ちゃんに迷惑はかけないよ。兄ちゃんだってバイトくらいしてんだろ?」 「まぁ、それはね」  実を言うとオレは兄が何かで金を稼いでいる事は知っているのだが、その仕事が何なのかは聞かされていない。時間に融通の利く仕事のようで、バイトがあるからと家を留守にするというような事もほとんどなく、もしかして在宅の仕事なのかな? と思わなくもないのだけど詳しい職種はさっぱり分からない。  けれど、大盤振る舞いで金を使う訳ではないが、親からの小遣い以外である程度融通できる金を兄がどこかで稼いでいるのは間違いないのだ。オレ自身、折にふれ色々と買ってもらったりしているのでそれは間違いない。 「だけど利之君はそんな事しなくても、欲しい物はお兄ちゃんが買ってあげるよ?」 「なんだよそれ、そんなんオレ、まるで兄ちゃんのヒモじゃん」  誕生日やクリスマスのプレゼントは当たり前に、盆や正月にも小遣いをくれたり、一緒に出掛ければ出先での出費は大概兄の懐からその金は出ていて、ある意味それが当然かのように生活してきたが、そんな事が普通な訳もない。 「兄ちゃんはオレを甘やかしすぎなんだよ……」 「そうかな?」 「そもそもこの歳になってまで、こんな風に兄弟仲が良いのはおかしいんだよ」 「そんな事ないだろう? この世の中、仲のいい兄弟なんていくらでもいるさ」  確かに仲の良い兄弟はこの世の中には幾らもいるだろう、だけどそれは弟の写真をむやみに撮って、理想の女の子に仕立てた揚げ句周りに自慢して回るようなそんな仲の良さではないはずだ。  そもそも理想の女の子って何なのさ、オレは男なのに! 弟なのに! オレは可愛い妹なんかじゃないのに! そうだよ、まだ妹だったらこの兄の溺愛ぶりも多少理解できない事もないのに、全く意味が分からない。  そんな風に兄ちゃんがオレを可愛がったりするから、オレが変に勘違いするんじゃないか! 「ともかく! オレ、これから少し忙しくなるから兄ちゃんにばっかりかまけてらんないのっ! いってきます!」  瞳を見ないようにしてオレは逃げ出す。これが最近のオレの日常。兄ちゃんは少し悲しそうな顔をしていて多少胸が痛まない事もないんだけど、だけどオレ達はいつまでも一緒にいられる訳じゃないんだ。オレも兄離れをしなきゃ駄目だし、兄ちゃんだって弟離れをしないといけない。距離を置いたら、きっとオレだってこんなおかしな夢を見る事もなくなると思う。きっと……たぶん。  オレは頭を振って前を向く、オレのこの選択は絶対に間違っていないはずだ。  大学に向かう電車の中でオレのスマホが振動をオレに伝えてくる。それはメッセージアプリからの着信で、誰かと思ったらハルちゃんだ。  ハルちゃんは少し前に知り合いになった兄の高校時代の友達、ちょっとした出来事から仲良くなったオレ達は連絡先を交換していて、こうやって時々ハルちゃんはオレに連絡を寄こすようになっていた。  なんで兄ちゃんじゃなくてオレになんだろう? と思わなくもないんだけど、存外ハルちゃんは話しやすくて、まぁいっかとオレはそれを受け入れている。 『とっしー、もう聞いてよっ!』  そんな出だしで始まるメッセージ、そういう時は大概ハルちゃんの彼氏、篤志さんの愚痴がほとんどだ。いっつも喧嘩をしている2人、そんなに相手の一挙一動にイラつくのなら別れたらいいのにとオレは思わなくもないのだけれど、2人が分かれる気配はない。  曰く『Hの相性が最高!』なのだそうだが、そこってそんなに重要なのかな? それよりも自分の心の平穏の方が大事じゃない?  だけど一通り愚痴を吐き出せばハルちゃんは満足するみたいで、適当に合いの手を入れていたら、今日も満足したのだろう、そのうちに話は雑談に変わっていった。 『そういえば、その後、飯島の顔ちゃんと治った?』  振動と共に伝えられたメッセージ。オレとハルちゃんが飲んだ日に兄ちゃんを殴った男はやはり篤志さんだったみたいで、ハルちゃんはそうやって度々兄ちゃんの怪我の様子を聞いてくる。  もう2週間程度経っているし、腫れも引いて青痣もほぼ消えていたように思うけど、最近真正面から兄ちゃんと顔を合わせてないから、どうかな?  『ホント、篤志にはきつく言っといたから、マジごめんって謝っといて』  何かのキャラクターが土下座するようなポーズのイラストのスタンプと共に送られてくるメッセージにオレは苦笑し「大丈夫ですよ」と返事を返す。それよりも、そんな簡単に暴力をふるうような彼氏と一緒にいるハルちゃんの方が心配だよ。  まぁ、そうは言っても状況的には間男に腹を立てた彼氏の犯行だから、なんとも……なんだけど。  オレが逃げ帰ったあの日、せっかく迎えに来たのだから送って行けとハルちゃんは兄ちゃんに絡んだらしい。ついでにちょっとドライブでもしないかという提案に、仕方がないなと兄ちゃんがOKを出し、車に乗り込もうとしていた所に女連れの篤志さんが通りかかって……ってかここ! 篤志さんが『女連れ』だった所がポイントなんだけど、自分はちゃっかりナンパで女の子ゲットしてホテルにしけこもうとしていた所でハルちゃん(恋人)を見付けて兄ちゃんを殴るってその思考回路がもうね、オレには分からないんだよ。  たぶん完全に浮気を疑われたんだろうし自分がやってるから相手もやってるって思うんだろうけど、自分の事棚上げしすぎじゃない? 篤志さん本当にエイリアンみたいで怖い。  その後の色々って言うのが、篤志さんが連れてた女の人が善意で通報してくれて警察来ちゃって、被害者の兄ちゃんまで取り調べうけるって言うね。  そんな感じで朝までコース、被害届は出してくれるなとハルちゃんに泣きつかれ、疲労困憊で帰ってみればオレはすでに寝てた……って、そりゃ兄ちゃんだって泣けてくるよな。なんか今更『兄ちゃんごめん』な気持ちだよ。 『そういえば最近MRINOの部屋が更新されないけど、何かあった?』  またしても振動と共に伝えられるメッセージ。「忙しいんですよ」と返事を返すと『そっか』と返事が返ってくる。 『飯島も就活だもんな……』の言葉に兄ちゃんの方が忙しいと思われてるやと苦笑する。相変わらず兄ちゃんはそんなに就活しているようにも見えないんだけどな。  学校の最寄り駅に到着し、オレはメッセージアプリを閉じた。そういえば今夜は飲み会だ。兄ちゃんにはあぁ言ったものの、正直飲み会とかそういうの好きじゃないんだよな……好きじゃない飲み会に参加する為の金をバイトで稼ぐとか、なんの苦行だよって思うけど、家に居づらいのも事実で、オレはまた大きなため息を零した。
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