学園のヘタレ

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学園のヘタレ

 へたれとは、臆病や情けない様の人物を俗語とした言葉である。本作の主人公レイト・リースはシュバイツ魔法学園で一番のへたれと名高い男である。勉学も実技も下から数えた方がいつも早いと言われる。そんな彼は、今日も虐めの標的として学園裏の誰も近寄る事がない場所で金銭を要求されていた。 「レイトくーん。今日も恵まれない俺達に少しお小遣いくれないかなぁ?」 「き、昨日もお金を渡したばかりで無いですよ……!」  レイトは、三人の男子生徒から逃げられないように囲まれていた。その中のリーダー格である少年ベイル・セソンサードが彼の胸ぐらを掴む。 「あぁっ!? てめえ、ふざけてんじゃねーぞ? 昨日渡したから今日は無いなんて、わけわからねえ事言ってんじゃねえぞ、オラ!」  彼の拳が、レイトの鳩尾へと吸い込まれるように入る。レイトは跪くように崩れ落ちると何度も辛そうに咳を繰り返した。それでも、彼はその蹲って(うずくま)いるレイトに蹴りを入れた。 「おいおい、ベイル。そこら辺にしとけって。下手したら死んじまうぞ」  そう言ったのは、いつもベイルと行動を共にする彼の幼馴染であるカイト。彼もまたレイトを虐める三人のうちの一人である。 「死んだって誰も悲しんだりなんてしねえよ。こんなへたれの屑野郎は、この世に必要ねえんだからよ!」 「ううっ……」 レイトは苦しいといった声を上げた。そこでようやくベイルの足が止まり、蹲る彼の黒い髪の毛を引っ張り上げると彼の顔へと唾を吐きかける。 「明日は持ってこいよ? わかったな?」 「分かり……ました」  そこでようやくレイトは解放された。ベイルは二人を連れて彼を置き去りにしその場を後にする。彼らの魔力が遠ざかった事を確認するとレイトは今まで苦しんでいた事が嘘のように立ち上がる。 「好き勝手やってくれるねえ相変わらず。制服も安くねえってのにな……」  制服についた埃と顔に吐きかけられた唾をハンカチで拭い胸ポケットへと仕舞う。そう、彼は痛みなど最初から全く感じていなかったのだ。あれはあくまで彼らが大人しく去るようにする為の演技に過ぎない。 「レイト様」 「ん」  誰にも悟られぬように魔力を抑えて木陰から全てを見ていた一人の女性。彼女の名はルーナ・ヴィンセント。彼女の眉間苛立ちを隠せないと(しわ)が寄っている。 「怒るな。別に痛くねえよあんなもん。それよりも、制服がまた汚くなっちまった」  痛がる演技をした際に落ちた眼鏡を拾い上げ、それを掛けるとそんな彼女に言った。 「あなたがやろうと思えば、あの程度の三人ならば赤子の手を捻るよりも造作の無い事です。それに、今ああして彼らが生きていられるのは間違いなくあなたがいたお陰なのです。それを……」 「落ち着けよ。別に誰かに感謝されたくてそうした訳じゃない。〝俺が気に入らなかった〟ただそれだけの理由なんだ」 「あなたはいつもそう。それ程の力を持ちながら何故今に満足されているのか私には理解出来ません」 「おいおい、別に満足してるなんて言った覚えはねえぞ?」  言葉では否定しているものの、何か不満があるというわけではない表情をしているレイトにルーナは封筒を渡した。 「何だこれ」 「ギルドマスターからです。内容につきましてはご自分でご確認下さいませ」 「どうせ昇進の話かなんかだろ。見る必要すらねえよ」 「さぁ? 私は内容を確認しておりませんので……」  と言いつつも、レイトの言った通りギルドマスターからの封筒の内容は昇進の話である事は彼女は知っていた。それを言わなかったのは彼女の微かな抵抗であった。 「お前、内容知ってるだろ。あの親父殿がお前に内容も言わずに渡すとは到底思えねえしな?」 「それは私がギルドマスターであるシルヴァ様の姪だからというお話でしょうか?」 「それもあるけど、大事な内容ならお前を介さないで直接俺に渡す筈だからな?」  こういう時の彼は何と察しが良いのかとルーナはため息が出てしまう。 ーー黒狼(こくろう)のリースーー  いつの日からか、そう呼ばれるようになっていた。漆黒の髪を揺らしながら、気高く相手を正面からねじ伏せる。彼の持つ力は強大ゆえに大国を一人でも落とせるとさえ言われている。しかし、彼はその力を欲のままに使う事はない。  本人は気まぐれだと言うが、少なくとも力の使い方を知っているのだと周りは評価する。彼は私利私欲の為に力を使う事を極端に嫌がるのだ。あくまでも心が動かされた時にのみ、その力を発揮するらしい。そうした結果、彼は当時世界最強の力を持ち、世界の災厄と言われた魔王を単騎で滅ぼした。  そこから彼の名は世界に轟く事になる筈だった。しかし、それを彼は許さなかったのだ。所属しているギルド【レイトルバーン】の手柄にするようにして、彼の名では無くギルドの名が世界に轟く事となった。 彼は本来、普通の魔法学園に通い卒業するという目的があり、それを達成する為に現在シュバイツ魔法学園の二年生として目立たず学園生活を送っている一人の少年である。 6ec5b623-c42c-4da8-a4db-64b3f638ac39 【レイト・リース】画 SF様
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