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「適当な事言って」
漸く一の顔を見て話を聞いていた吾郎だったが、その最後には呆れてまたソファに踏ん反り返るのだった。
「何か手は考えているんだろうな?」
言い返そうとした矢先、吾郎の言葉が一に突き刺さる。ぐうの音も出ない彼の様子を見て、吾郎はまた溜息をつく。
「知らないぞ」
「えっ? 吾郎さん、一緒に行ってくれないんですか?」
「……はあ?」
怪訝そうな表情で一を見ると、彼はきょとんとした表情で吾郎を見つめていた。
「一緒に行くでしょ?」
「何で」
「何でって……旭君は張り切ってますよ?」
「あんなガキと一緒にするな」
吾郎はそう言って、またアタッシュケースを開けようとする。すると、一がまた彼の名を呼んだ。
また怪訝そうな表情で顔を上げた吾郎だったが、次の瞬間その細い目は、驚いたように見開かれた。
にこにこ微笑む一の手に、一枚の一万円札がひらひらと踊っている。吾郎の目がそれを捉えるのに、長い時間は必要なかった。
「私のケースを弄ったのかっ」
当然吾郎の怒号が飛ぶ訳だが、一は全く動じなかった。
「違いますよ。僕のポケットマネーです」
「……私を釣る気か」
「これだけじゃありませんよ。もっとあります」
吾郎の目に迷いが表れたのを、一は見逃さなかった。微笑みを絶やさないまま、吾郎をじっと見つめ続ける。
「……行くだけだぞ」
そうすれば彼がこう答えると、一には分かっていた。
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