2.真夜中のご依頼

8/10
前へ
/101ページ
次へ
「適当な事言って」  漸く一の顔を見て話を聞いていた吾郎だったが、その最後には呆れてまたソファに踏ん反り返るのだった。 「何か手は考えているんだろうな?」  言い返そうとした矢先、吾郎の言葉が一に突き刺さる。ぐうの音も出ない彼の様子を見て、吾郎はまた溜息をつく。 「知らないぞ」 「えっ? 吾郎さん、一緒に行ってくれないんですか?」 「……はあ?」  怪訝そうな表情で一を見ると、彼はきょとんとした表情で吾郎を見つめていた。 「一緒に行くでしょ?」 「何で」 「何でって……旭君は張り切ってますよ?」 「あんなガキと一緒にするな」  吾郎はそう言って、またアタッシュケースを開けようとする。すると、一がまた彼の名を呼んだ。  また怪訝そうな表情で顔を上げた吾郎だったが、次の瞬間その細い目は、驚いたように見開かれた。  にこにこ微笑む一の手に、一枚の一万円札がひらひらと踊っている。吾郎の目がそれを捉えるのに、長い時間は必要なかった。 「私のケースを弄ったのかっ」  当然吾郎の怒号が飛ぶ訳だが、一は全く動じなかった。 「違いますよ。僕のポケットマネーです」 「……私を釣る気か」 「これだけじゃありませんよ。もっとあります」  吾郎の目に迷いが表れたのを、一は見逃さなかった。微笑みを絶やさないまま、吾郎をじっと見つめ続ける。 「……行くだけだぞ」  そうすれば彼がこう答えると、一には分かっていた。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

191人が本棚に入れています
本棚に追加