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吹き渡る夏の蒸れた風を受け、欅の木は茂った葉を揺らしていた。
校庭では沢山の児童が体力の限界を知らずに走り回っている。児童に何か異変があった場合直ぐに対処出来るように、校庭中が見渡せる欅のたもとに、雄二は一人座っていた。
ぼんやり児童たちを眺めながら、彼はこの間の音楽室での出来事を思い返していた。あの音楽室の児童の隠れそうな場所は全て探した。という事は、つまり……。
彼も薄々気付いてはいたのである。これは児童の仕業ではない。人ならざる者の仕業なのではないかと。
「せんせー」
声を掛けられはっとすると、目の前に一人の女子児童が立っていた。
「どうしたの?」
「せんせー、今日はミカンとスダチはいないのー?」
彼女はまだ一年生、当然家庭科の授業は受けていないが、ミカンとスダチのやり取りは全学年に共通して話題になっていた。だから時々、彼らの劇場を不定期に行なっていたのだ。
ミカンとスダチは職員室の自分の机の中に入っている筈だ。折角なんだから持って来るべきだったと、雄二は少し後悔した。しかし今職員室に戻ったら、きんきんに冷えた空間に縛り付けられて戻って来られなくなるだろう。
「あ……今日は二人ともお休みなんだ」
「なーんだ、つまんない」
「二人にだって夏休みが無くちゃ。今日は海に行ってるんじゃないかな」
適当にはぐらかして、彼女を友達の元へと戻らせた。
雄二は欅の木を見上げる。立派な欅の木には、青空を隠すように緑が茂っていた。
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