191人が本棚に入れています
本棚に追加
1.墓場の探偵事務所
小高い丘の上、ひっそりと広がる、小さな霊園。来る人も疎らで、寂しい雰囲気が辺りに漂っている。
肝試しに来た、二人の男。強がって来た方は、跳ね続ける心臓を携えて進んでいく。もう一人は、霊感のある男。万一何かがあった時に、何かしら対処してもらう為に連れて来られたのだろう。
「静かだな……何だか寒気するよ。なあ、俺に霊憑いてないよな?」
「憑いてないよ」
「どうしよう、墓石の後ろから、わあ! って出てきたら……」
「だったら来るなよ、こんなとこ。……まあ大丈夫だよ。今日はそれどころじゃないみたいだし」
「え!? お前、マジで霊見えてんの!?」
「だから連れて来たんだろ……」
「それどころじゃないって、どういう事だよ!?」
脂汗をだらだら滴らせ、慌てた表情で尋ねる男に、霊感のある男は平然とした様子で答えた。
「いや……なんか今日、お祭りみたいだから」
神輿を担ぐ勇ましい男達、似つかわしくない大きな太鼓を叩く者、良い香りの立ちこめる出店、自分達の直ぐ傍にいる男は、大きな団扇を楽しそうに仰いでいた。
霊感のある男の目には、霊園の賑やかな様子が映し出されている。彼は幼い頃の楽しかった思い出を重ねながら、その足は一歩ずつ前に出て行く。
「な、何やってんだよ!」
何もない方向に歩き始めた友人に恐怖しながらも、ぐいっと引き戻す。霊感のある男は引き戻された事に不服な表情だった。
「お前、何処に行くつもりだよ!?」
「え? だって、お祭りが……」
「祭りなんてねーよ!」
行くぞ! と強く手を引かれ、霊感のある男は後ろ髪引かれる思いでその場を後にする。一方の、彼を肝試しに誘ってしまった男は必死だった。
自分の所為で、彼は幽霊に取り憑かれてしまった! 彼を連れて行く為に、幽霊が幻影を見せているんだ!
二人は車に飛び乗ると、猛スピードで霊園を後にするのだった。
しかしあの霊園の幽霊たちに、そんな思惑は毛頭ない。霊感のある男が見た通り、彼らは純粋に祭りを楽しんでいるのであった。
暑い夏には欠かせない納涼祭。この霊園でそれを行なうのは恒例行事だ。今年もその季節がやって来て、幽霊達はどんちゃん騒ぎ。
「おじさん!」
わたあめを売る出店のおじさんに声を掛けたのは、まだまだあどけなさの残る少年、結城 旭だった。彼を知らない者は、この霊園にはいないだろう。数少ない子供であり、誰にでも話し掛けに行く積極的な子だ。霊園の幽霊たちは、そんな彼を可愛がっていた。
「わたあめ、くーださい」
おじさんはわたあめを作ると、一回り大きく作ったぞ、と微笑んで、旭に手渡した。旭はその笑顔に応えるように、満面の笑顔を浮かべる。
「そう言えば、先生はどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
「ん? 来てないよ」
旭は、早速わたあめを頬張りながら答えた。
「来ないのか?」
「今日も依頼人が来るんだってさ」
すると、わたあめを求める別の幽霊がやって来て、おじさんは、らっしゃい! と叫んでから、旭から離れた。
旭は暫く、ぼんやり考え事をしながらわたあめを食べていたが、そのうち何かを感じ取ったのか、突然駆け出して行った。
太鼓の音はますます大きくなり、祭りは一層の盛り上がりを見せている。
最初のコメントを投稿しよう!