1.墓場の探偵事務所

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「いつもありがとうなぁ、先生ぇ」  貰った錠剤を大切そうに握って、島村(しまむら) 靖男(やすお)は皺だらけの顔を嬉しそうに歪ませた。 「あんまり気にしないようにしてくださいね。病は気からと言いますから」  優しい笑顔を向けられ、靖男はほっとしたのだろう、深々頭を下げて去って行く。 「お人好し」  ぶっきら棒にそう言い放ったのは、ソファに踏ん反り返っていた佐々野(ささの) 吾郎(ごろう)である。 「お前の仕事は何だ? キンダイチ」  吾郎の言葉に、穏やかな彼も遂に苦笑いを浮かべた。 「……医者ですかね」 「今にバチが当たるぞ」  金田(かねだ) (はじめ)は小さく溜息をついて立ち上がると、ポケットに仕舞っていたラムネの入ったケースを、そっと棚に戻した。隣には様々な動物のフィギュアが並んでいる。 「キーンダイチっ」  背後から飛んで来たあどけない声に、彼はどきんと跳ね上がった。直ぐさま振り返ると、一を見上げる小さな影。旭は沢山のお土産をぶら下げていたが、その表情は全く楽しそうではない。 「僕の棚の前で何してんのさ」  彼は実に神出鬼没だ。一はいつもそう思っていた。ちょっと目を離せば居なくなるくせに、今は来るなよ、と思っていると現れる。今日は祭りに行かせていたから、暫くは帰って来ないと思っていたのに。 「……何もしてないよ」  苦し紛れに吐いた台詞が通用する筈など当然なかった。旭は棚に駆け寄って、置かれたラムネに手を伸ばす。 「あーっ! 減ってる!」  その叫び声に、一は降参したように目を瞑った。此処から、旭の尋問が始まるのである。 「どうせまた靖男じーちゃんにあげたんでしょ!? ラムネなんかでお腹が治る訳無いじゃん!」 「だから、ほら、病は気からだから……」 「ふぅん? じゃーキンダイチ、薬だって騙して商売してるんだ?」 「何で報酬を貰わない?」  二人の会話に、吾郎も入って来た。此処まで来てしまうと、一も困ってしまう。 「だから、あれは気休めで……報酬貰ったら、それこそマズいでしょ。僕は商売はしていないんです」  事実、商売をしても彼には何の意味もないのである。たとえ報酬を受け取れたとしても、それを活用する場がないのだから。 「味を占めてまた来るだろう」 「そうですけど……」 「あのラムネ美味しいし」 「吾郎さん食べてるんですか」  その発言に驚いたのは、一だけではなかった。 「ちょっと! あげた覚えないんだけど!」  頬を膨らませて吾郎に怒鳴る旭だが、吾郎は彼の姿など目に入っていない様子だった。そんな吾郎を見上げ、旭の頬はますます膨らみ、はち切れそうになる。 そんな彼を見かねて、一はひやひやしつつ、さりげなく話題を逸らそうとした。 「あ、ありがとうございました。吾郎さん、起こしてくれて」 靖男がやって来たのは、一が転寝をしていた時だった。来客に気付いた吾郎の呼び掛けで目を覚ましたのである。 寝坊助が、と言った後、吾郎は溜息混じりに言う。 「報酬のない依頼だとは思わなかったがな」 結局話が戻って来てしまった。溜息をつきたいのは一も同じだった。 「ねぇ、キンダイチぃ」 旭もまた、呆れたように彼に呼び掛ける。 「もっとさ、らしい事しようよ。此処はお医者じゃないんだよ? キンダイチ名探偵の、探偵事務所なんだよ?」
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