191人が本棚に入れています
本棚に追加
「いつもありがとうなぁ、先生ぇ」
貰った錠剤を大切そうに握って、島村 靖男は皺だらけの顔を嬉しそうに歪ませた。
「あんまり気にしないようにしてくださいね。病は気からと言いますから」
優しい笑顔を向けられ、靖男はほっとしたのだろう、深々頭を下げて去って行く。
「お人好し」
ぶっきら棒にそう言い放ったのは、ソファに踏ん反り返っていた佐々野 吾郎である。
「お前の仕事は何だ? キンダイチ」
吾郎の言葉に、穏やかな彼も遂に苦笑いを浮かべた。
「……医者ですかね」
「今にバチが当たるぞ」
金田 一は小さく溜息をついて立ち上がると、ポケットに仕舞っていたラムネの入ったケースを、そっと棚に戻した。隣には様々な動物のフィギュアが並んでいる。
「キーンダイチっ」
背後から飛んで来たあどけない声に、彼はどきんと跳ね上がった。直ぐさま振り返ると、一を見上げる小さな影。旭は沢山のお土産をぶら下げていたが、その表情は全く楽しそうではない。
「僕の棚の前で何してんのさ」
彼は実に神出鬼没だ。一はいつもそう思っていた。ちょっと目を離せば居なくなるくせに、今は来るなよ、と思っていると現れる。今日は祭りに行かせていたから、暫くは帰って来ないと思っていたのに。
「……何もしてないよ」
苦し紛れに吐いた台詞が通用する筈など当然なかった。旭は棚に駆け寄って、置かれたラムネに手を伸ばす。
「あーっ! 減ってる!」
その叫び声に、一は降参したように目を瞑った。此処から、旭の尋問が始まるのである。
「どうせまた靖男じーちゃんにあげたんでしょ!? ラムネなんかでお腹が治る訳無いじゃん!」
「だから、ほら、病は気からだから……」
「ふぅん? じゃーキンダイチ、薬だって騙して商売してるんだ?」
「何で報酬を貰わない?」
二人の会話に、吾郎も入って来た。此処まで来てしまうと、一も困ってしまう。
「だから、あれは気休めで……報酬貰ったら、それこそマズいでしょ。僕は商売はしていないんです」
事実、商売をしても彼には何の意味もないのである。たとえ報酬を受け取れたとしても、それを活用する場がないのだから。
「味を占めてまた来るだろう」
「そうですけど……」
「あのラムネ美味しいし」
「吾郎さん食べてるんですか」
その発言に驚いたのは、一だけではなかった。
「ちょっと! あげた覚えないんだけど!」
頬を膨らませて吾郎に怒鳴る旭だが、吾郎は彼の姿など目に入っていない様子だった。そんな吾郎を見上げ、旭の頬はますます膨らみ、はち切れそうになる。
そんな彼を見かねて、一はひやひやしつつ、さりげなく話題を逸らそうとした。
「あ、ありがとうございました。吾郎さん、起こしてくれて」
靖男がやって来たのは、一が転寝をしていた時だった。来客に気付いた吾郎の呼び掛けで目を覚ましたのである。
寝坊助が、と言った後、吾郎は溜息混じりに言う。
「報酬のない依頼だとは思わなかったがな」
結局話が戻って来てしまった。溜息をつきたいのは一も同じだった。
「ねぇ、キンダイチぃ」
旭もまた、呆れたように彼に呼び掛ける。
「もっとさ、らしい事しようよ。此処はお医者じゃないんだよ? キンダイチ名探偵の、探偵事務所なんだよ?」
最初のコメントを投稿しよう!