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数分後の事務所の雰囲気は、当然変わってしまっていた。
骸骨は、何だかその雰囲気に耐えられなくなって、倒れた本棚の下に散らばる本だけでも拾おうとした。すると、大丈夫ですよ、と一の声が飛ぶ。何故か驚いて振り返ると、一がにこりと微笑んでいた。
「気にしないで下さい。後で直しておきますから」
吾郎はすっかり不貞腐れて、ソファに踏ん反り返っていた。一方の旭は、全く反省する様子など見せず、散らばったビー玉だけを拾って光に翳したりして遊んでいた。
「それで、僕は何をすれば良いんでしょう」
一の言葉にも若干の怒気が含まれている事に気付いて、骸骨は慌てて一の向かいに座った。
「文化祭を行なうんですよね?」
「ええ……勿論人間の来ない時間にやってますから、いつもは心配なかったんですけど……実は準備をしている所を、教員に見つかってしまったんです」
骸骨の言葉には、酷く落胆が含まれていた。
文化祭の準備は毎年、見つからないように細心の注意を払って行なっていたそうなのだが、今年は運悪く、ある教員に見つかってしまったという。
「でもそれなら、単なるポルターガイスト(※)でしょ? びっくりして逃げて行った、で済むんじゃないですか?」(※ポルターガイスト……誰一人として手を触れていないのに、物体の移動、物をたたく音の発生、発光、発火などが繰り返し起こるとされる、通常では説明のつかない現象。)
ところが骸骨は、その頭が吹っ飛んでしまいそうになるくらいに大きくかぶりを振った。
「それが、その教員は余計な勘を働かせてしまって……もしかしたら、児童が面白がって忍び込んでいるのかもしれない。だから、お盆の間も自分が見回りをしますって」
随分熱心な先生なんだな、と一は思った。もし自分が生きている時にそんなものを見たら間違いなく逃げ出すし、二度と関わりたくないと思うが。いや、もしかしたらその先生はそういったものは一切信じない類の人で、絶対に児童の悪戯だと思っているのかもしれない。
「それでキンダイチ先生に、文化祭の警備をお願いしたいんです!」
「……えっ?」
「その先生が入って来れないように、何とかして欲しいんです!」
「何とかって……あの、じゃあ、文化祭を中止するっていうのは」
「駄目です!」
すかさず叫ぶ骸骨。ですよね、と一も溜息。
「此処まで来て中止なんて、皆がっかりします! 皆ずっと楽しみにしていたのに!」
さっきまでの慌てようは何処へやら、骸骨は大声で捲くし立てる。それを見かねて、吾郎が口を挟んできた。
「仕方ないだろう。それで霊媒師でも呼ばれてみろ。お前らまとめて消え失せるぞ」
「そうならない為に、頼んでいるんじゃないですか! キンダイチ先生、お願いします!」
深々と頭を下げる骸骨に、一は意外にもすぐに返事をした。
「分かりました」
本当ですか! と、骸骨の表情も綻ぶ。
「文化祭行くの!?」
「おい、キンダイチ……」
喜んで飛び跳ねている旭、声を掛けようとする吾郎に、一はにこりと微笑んでみせた。
「困ってる人がいるんです。助けてあげるのは、当然でしょ?」
骸骨は感謝のあまり、泣き出してしまいそうな表情になっている。……もっとも涙は出ないのだが。
吾郎は溜息をついて、ぼそっと呟いた。
「……だから人じゃないだろって……」
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