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からりん、とベルが鳴った。秋月 一花はふっと顔を上げる。そしてドアを開けて入って来た小さな影に、優しく微笑んだ。
「いらっしゃい」
一花の微笑みにつられて、旭もにんまり笑みを見せた。
「ハナ、あのね!」
旭はカウンター席によじ登ると、身を乗り出すようにして話し始めた。
一花の開くこのカフェは、この霊園では評判の店。マスターであり唯一の店員である彼女は「ハナ」の愛称で親しまれ、優しくて美人とまさに才色兼備。毎日色々な幽霊がやって来ては楽しくおしゃべり、時にお悩み相談と、幽霊たちの憩いの場となっている。旭は勿論、一や吾郎もこのカフェの常連客だ。
一花はオレンジジュースを用意しながら、旭の話を聞いていた。旭は山咲小学校の文化祭に行く事を、自慢しに来たのだ。
「それでね、キンダイチは、その教員が来ないように見張る係なの!」
「見張る? それで、来たらどうするの?」
「さぁ? 来たら、やっつけるんじゃない?」
一頻り喋って喉が渇いたのか、旭は一花の用意したオレンジジュースを、差し出される前に受け取って、ごくごく音を立てて飲み始めた。
「……ねぇ」
暫く黙った後、一花が声を掛けた。
「やっつけるって、先生もそう言ってるのかな?」
言ってはないよ、と旭はかぶりを振る。その後きょとんとしたように、一花に尋ねた。
「でも他に方法ある?」
「うーん……やっつけたら、必ずやり返されちゃうよね?」
「そうだけど……もし向こうが霊媒師とか連れて来ちゃったら、そりゃ、戦うしかなくない?」
飲み終わったグラスの中の水滴が、つうっと下へと伝っていく。旭の言葉に一切の迷いは見られなかった。というより、何も心配していない様子だった。その後の会話で出てくるのは、文化祭でどんな楽しい事が待っているのか、という事ばかりだったのだ。
「旭君」
帰り際に、一花が声を掛けて来た。何? とあどけない表情で、旭は振り返る。
一花はにこりと微笑んで、こんな事を言った。
「この間のお祭り、楽しかったね」
「本当! 楽しかったね!」
旭は大きく頷いて笑った。
「特に最後の盆踊り」
「うん! いつも怒りんぼの吾郎さんだって楽しそうだったもん!」
先日の納涼祭の雰囲気が、旭の脳に鮮明に思い起こされる。またあの楽しさを感じたいと思った。
「文化祭って、こないだのお祭りより楽しいかな!?」
「そうね、そうなると良いわね」
一花の微笑みを背に、旭は店を出て、階段を駆け上がった。
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