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見渡す限りの闇の中に、ただ一つだけ、ぽつりと光が存在した。 その小さな光の中では、男と少女が、一つのチェス盤を挟んで向かい合っていた。 男と少女は、静かに駒を動かしていたが、ゲームは、少しも始まらなかった。 何故なら、二人の間にあるチェス盤の上には、キングもクィーンもなかったから。 ただ、交互に駒を動かす。 そんなことを二人は、この何百年の間、続けてきた。 否、実際には、ほんの数秒だったのかもしれない。 何故なら、ここには、時間というものがなかったからだった。 この場所は、全てがあり、全てが失われた場所だった。 少女が、男を見上げて言った。 「つまらない」 少女は、美しい黒髪を二本のお下げ髪に結っていた。 瞳は、この世界を覆う闇ほどにも暗く、肌の色は、闇を照らす光のように淡かった。 少女の言葉に、男は、その顔を上げた。 男には、顔がなかった。 灰色の短髪に縁取られたその顔には、ただ深い穴が空いていた。 「何が?」 男は、言った。 少女は、目の前のチェス盤に呪いをかけるような怒りの目を向けて言った。 「何も、かもが」 「なぜ?」 「なぜ、でもよ」 少女は、その感情をぶつけるようにチェス盤を両手で叩いた。 罪のない駒たちは、悲鳴を上げ、憐れに転げ落ちて底もない暗闇へと吸い込まれていった。 男は、黙って、何もなくなったチェス盤の上へとその顔を向けた。 少女は、腹立たしげに、言った。 「決めたわ」 「何を」 男の問いに、少女は、にっこり微笑んだ。 「もっと、面白いゲームを始めるの」
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